記憶がすっかり戻ったというのに、アイツはときどきぼーっと宙を眺める。
もともと少しぽやっとしている部分があったから、以前のオレなら気にしなかった。
けれど、あんなことがあってからはまたオレを忘れてしまうんじゃないかと不安になってしまう。
Θ
追憶の彼方に想いを馳せて Θ
「おい」
声をかけてもコイツは間の抜けた顔で宙を見つめている。
部屋の中にいるから、何かにぶつかるわけではない。
けれど、部屋の中にいるからこそ、視線の先に興味を引くようなものがないと分かっていたから、余計に不安が募るのだ。
「おいってば」
少し強めに呼べば、
「ん?」
と、その両目がオレを見つめる。
「どうしたんだよ」
「なにが?」
オレの問いに、コイツは首を傾げた。
どうやらただ単に、ぼーっとしていただけのようだ。
そのことに安堵しつつも、オレの不安はまだ消えなくて、
「あんま心配させないで」
気づけば両手で抱きしめていた。
突然の出来事にオレの腕から逃れたコイツは、驚いたように目を丸めた。
「……なんだよ」
らしくないことを口にした自覚はあった。
だから顔を背けて告げたのに、
「シンじゃないみたい」
なんて、わざわざオレの顔を覗き込んでコイツは笑う。
「お前が無駄にぼけっとしてるからだろ」
そう反論すると、
「うーん。あのね、よく覚えてないんだけど、よくこうやって誰かと相談してたなーって思って」
なんて言葉が返ってきた。
相談と言われて真っ先に浮かんだのはトーマ。
けれど、トーマならコイツは素直に名前を出すはずだからその可能性は低い。
「はぁ? 誰それ。オレの知ってるやつ? 男? 女?」
「そ、そんないっぺんに言われてもわかんないよ」
オレの言葉にそう告げ、
「それに、そういうんじゃなくてもっと大切な繋がりがあったっていうか……」
なんて告げるものだからオレはますます面白くない。
「なにそれ。大切な繋がりってオレより?」
「え?」
「彼氏のオレよりもそいつが大事ってこと?」
肩を掴んで問い詰めると、
「そうじゃなくて……うーん、なんだろ。記憶がなかったころ頭の中で会話してたっていうか……」
なんて言葉が飛び出して思わず脱力した。
記憶が失っていた間のコイツが、現状を理解しようと頭の中に第三者を作っていたということなのだろうか。
「……オレ、お前の妄想に嫉妬したってこと?」
ポツリと呟くとコイツは誇らしげににんまりと笑うものだから、
ムカついたオレはコイツの鼻先を指で弾いた。
» end
オリオンのことをおぼろげに話そうとしたら妄想扱いされるのかな。そんな妄想に妬けばいいよ!