最近、ケントさんの様子がおかしい。
カフェでお茶をしていてもどこか上の空で、
もともと少なかった口数もいっそう減ってしまって、不安が募った。





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「は? 嫌われた……ですか?」
「…………うん」

私と一緒にいてもケントさんは楽しくないのかもしれない。 そう思ったらケントさんに嫌われたとしか思えなくて、 後輩のミネのバイトが終わるのを待って、私は相談をした。 帰り道で神妙に口を開いた私に対して、ミネは何か言いたげな表情をするとハァと盛大なため息をついた。

「ひどい! 私は本気で相談してるのに!」
「独り身の私に対する嫌味にしか聞こえないんですけど」

そう言って大きな目で私を見つめると、

「先輩は幸せですね」

と、再度ため息をついた。それから私の後ろに回ると、

「不安なら本人に言えばいいんですよ! ほら、さっさとケントさんの家に行って下さい、今すぐ」

ぐいぐいと背中を押した。

「え? 今すぐ?!」
「そうです。行けば全部解決です。ため込んだもの、吐き出して来て下さい」

ミネに押し切られる形で、私は訳が分からないままケントさんの家に向かうことにした。 確かに、一人でモヤモヤと考えるより直接会って口にしてしまった方がいいと思ったからだ。





家の前まで来たものの、急に来て迷惑でなかっただろうかと不安が募った。 近くまで来たと嘘をついてメールしてみると、すぐに玄関のドアが開いてケントさんに出迎えられた。 どんな顔をして会えばいいのか分からなかった私とは対照的に、ケントさんは慈しむような顔で私を見るものだからなんだか落ち着かない。 今まで通りにと頭では分かっているのに、不自然に顔が突っ張ってしまった。 いつもなら真っ直ぐにケントさんの部屋に行くのに案内されたのは何故かリビングで、 そこにはすでにお茶の用意がされていた。

「来客の予定があったんですか?」

そうなら私はさっさと退散した方がいいだろう。 そう思って口を開くと、

「君を招く予定だった」

と、ケントさん。

「今日は君の誕生日だろう?」
「……っ!」

誕生日を覚えててくれたという、ただそれだけのことなのに、 ケントさんに嫌われたと思っていた私には衝撃が大きくて、ポロリと涙がこぼれてしまった。

「な、何故泣くんだ」
「だっ…て、……ケントさん……最近、様子…が、おかしく…て……、私、てっ…きり、嫌われた…んだと……思ってて……」
ケントさんが困るって分かっているのに、嬉しくて涙を止める方法が見つからない。 しゃくり上げながらなんとか自分の気持ちを吐き出すと、力強い腕に抱きしめられていた。

「すまない。君を驚かせるのに必死で、不安がらせていたなどと考えもつかなかった」
「いえ、私…の方……こそ、ちゃん…と、聞か…ないで、勘違い…して……」

今なら、ミネの言った言葉のすべてが理解できる。 彼女にはケントさんが上の空だった理由も全て分かっていたのだ。

「泣かれると非常に困るのだが……」
「ケント…さんのせい……ですから、仕方…ない……んです」

ぎゅっとケントさんの腕を掴んでそう答えると、

「なら、涙を止めるのも私の役目だな」

とケントさんは言った。 彼らしくない台詞に驚いて顔を上げると、そっとケントさんの唇が私に触れた。 キスで涙が止まるなんてドラマの中だけの出来事だと思っていたけれど、本当に止まってしまって驚いたけれど、 そのまますぐに二度目のキスが下りてきて私は目を閉じた。 私の不安を拭い去るように何度も何度も口付けられて、 そのたびにケントさんから「好きだ」と言われているようで、身も心もいっぱいになってしまった。 ようやく解放された時にはお互いに恥ずかしくて顔が合わせられなくなっていた。

「そ、そうだ。君のためにケーキも焼いたんだ。ぜひ、食べてほしい」

ぎこちなく告げたケントさんの言葉とともに現れたケーキは、まるでお店で買ったような出来栄えで、 そう言えばお菓子作りにもはまっていると言っていたのを思い出した。

「ハッピーバースディ」

そう言ってふわりと微笑むケントさんの笑顔が今日一番のプレゼントで、 ケントさんの誕生日には、私も最高の笑顔をプレゼントしようと心に決めた。




» end

お友達の誕生日にゴリ押ししたものです^^