私とのデートの前に、ウキョウはよく神田川公園の芝生で昼寝しているらしい。 だからデートに遅れてくることもしばしばあった。

「本当にごめん」

パチンと顔の前で両手を合わせて、ウキョウが頭を下げるのはいつもの光景だ。

「そう言って、何度目?」
「うーんと……、さ、三回目…かな?」

指を三つ立てて小首を傾げるウョウに、

「今月五回だよ!」

と、バッと手を広げて突き出す。あまりの勢いにウキョウも申し訳ないと思ったのか

「ごめん! 今日は君の行きたいところ全部に付き合うから」

と告げたのが始まりだった。





Θ ドキドキデート! Θ





本屋で神戸のガイド本を物色するのに一時間。
服屋で試着を繰り返して冬服を買うのに二時間。
昼食を挟んで、雑貨屋に一時間。
ウキョウはどこへ行くにも文句一つ口にしないで、私の後ろをついて歩いた。

「次で最後にするね」

そう告げると、少しだけホッとした顔を見せる。荷物まで持たせて四時間は答えたらしい。

「……ここに、入るの?」

最後だと告げてやってきた店の前で、ウキョウは不安げな声を上げた。 それもそのはずだ。私がウキョウを連れてきたのは、ランジェリーショップだったからだ。

「え、と。俺は店の前で待ってるから、行ってきなよ」

そう言って私を送り出そうとするウキョウ。流石に男の人には入りづらい場所なのだろう。 買い物に付き合って堪えたウキョウに免じて、許してあげようと私が思った瞬間、

「そっちの人、カレシさんでしょ〜?入って入って!」

ショップ店員さんが、腕を掴んで無理やりウキョウを店内へと招き入れた。

「一緒に来たからにはー、やっぱ選ぶでしょ、フツー」
「え?」

おろおろとするウキョウをそのままに、店員さんはひょいと目の前の商品を手に取ると、私にあてがう。

「えっとー今の売れセンはこっちなんだけどー、カレシさんの趣味はどうなんですー?」
「えーっと……」

次の商品も同じようにあてがい、私と目が合うとウキョウは真っ赤な顔で固まった。

「シフォン系がやっぱり人気ですよね。あ、でもカノジョさんはレースも似合うー」

ウキョウが口を挟む間を与えないぐらい、次から次へと商品が出されていく。

「セクシーな感じもいいですよね。お客さん清楚な感じだから、脱がしたときのギャップにドッキリーってなるしー」
「脱……っ!」
「逆にー、ラブリーで揃えた方が、カレシさん的にはぐっときちゃいますかねー」
「……っ!」

店員さんは私に向き直ると、

「まぁ、先にサイズ測っちゃいましょうか?」

なんて言ってメジャーを取り出した。 ウキョウは完全に固まってしまったようだけれど、店員さんは止まらない。 私をすぐ傍の試着室に押し込むと、服の上からササッと測る。

「うんうん。このサイズなら、これがオススメかな。あ、試着しますよね」

そう言って先ほど出した商品をいくつか掴むと、試着室に入ったままの私に手渡ししていく。

「はいはい。じゃーカレシさんはこっちでー、カノジョさん着替えたら出てきてくださいねー」
「え、サイズを確認するだけじゃないの?」

店員さんの発言に、ようやくウキョウは我に返った。

「なーに言ってるんですか。誰が見ると思ってるんですか」
「……へ?」
「カレシさんが見るんだから、カレシさんの気に入ったのを教えてあげるのがフツーですよ」
「そ、そうなの?」

そんなやりとりを聞いている間に私の着替えが終わり、

「あ、大丈夫ですか?じゃ開けますねー」

気づいた店員さんが有無を言わせぬまま扉を開いた。

「あー超カワイイー! どうですかカレシさん!似合いますよね」

大絶賛する店員さんの後ろで、ウキョウがまた固まっている。

「これ、フロントホックなんですけど、ホックの部分がリボンで隠れてるんでー、可愛くて人気なんですよ。 脱がすときはまずリボンをほどいてからホックを外す感じなんですけど、練習でカレシさん外してみます?」

店員さんに問いかけられて、ブンブンとウキョウは首を左右に振った。

「練習は必要ないって感じですかー? じゃあ次行ってみましょうか。ちょっとエレガントですけど、似合いますよー」

再び試着室に戻ると、我に返ったウキョウが店員さんに質問していた。

「い、今のって普通のカップルなら当たり前にやることなの?」
「そうですよー。あ、もしかしてお客さんたち付き合ったばかりですか?  そんな時期に二人でランジェリー選びなんて、ラブラブじゃないですかー」
「ラ、ラブラブ!」

店員さんの発言に、いちいち驚くウキョウの声が扉越しに聞こえる。

「だって、ランジェリー見る展開なんてー、ベッドの上に決まってるじゃないですかー」
「ベッ……!」

ウキョゥの反応が面白いのか、店員さんは実に楽しそうに喋り続けた。 試着はとっくに終わっていたけれど、なんだか出て行きづらい空気だ。

「あ、カノジョさん済みましたか? んじゃ、カレシさん確認してくださいー」

そんなことを言って、店員さんはサッと扉を開けてしまった。

「……ど、どう?」

固まってしまったウキョウに尋ねると、

「だ、だだ、駄目に決まってるじゃない」

ようやく私の姿に反応を見せたウキョウの言葉は否定的だった。






「えー?カレシさんの趣味じゃなかったですかー?」

いくら彼氏とはいえ、あんな姿を見せるのは私だって勇気がいった。 それなのに、ほめてくれると思ったウキョウの口から出た言葉は私の望んだそれとは違った。 試着室に戻り、ショックを受けている自分に気付いた時、私はウキョウに喜んでほしかったんだと気付いた。
いつだってウキョウの言葉は真っ直ぐだ。「好き」とも「愛している」とも言われた。 けれど、手を繋ぐだけでいっぱいいっぱいの私たちはキスだってまだだし、それ以上のことだって……。 私に魅力がないからデートにだって遅刻して、それ以上先に進めない。 そんなことを考えたら、ここへウキョウを連れてきてしまっていた。 私をちゃんと女の子として見てもらうための、精一杯だったのだ。

「すっごく似合ってたのにー」

扉越しに聞こえる店員さんの声に、彼女の言葉もお世辞だったのかなとガッカリした。けれど、

「うん、似合ってたよ。ビックリするぐらい可愛くてヤバかった」

続けられたウキョウの言葉に、私は耳をすませた。

「お姉さんが選んでくれたモノは全部可愛かったんだけど、可愛すぎて帰り道彼女を直視できないって言うか、 正直襲わない自信がありません」
「ワォ。カレシさん、大胆―」

店員さんの言葉に、

「ベタ惚れだから仕方ないんです」

と、ウキョウの声が続いた。

「だから、今日はまだ俺が未熟だから駄目なんです」
「そっすかー。カノジョさんのこと大事にしてるんですねー」

うんうん、と店員さんは頷くと、

「だそうですよ?」

と言って扉を開いた。着替えが済んだことなどお見通しだったようだ。

「今日オススメした商品はどれもよく似合ってましたので、気が向いたらカレシさんに内緒で買いに来て下さい。 今度は、もっとエッチィのとかも教えますんで」

ニヒッと悪戯っぽく笑うと、

「ありがとうございましたー」

店員さんに見送られ、店を後にした。






店を出てからの私たちはちょっとだけ気まずくて、どんな話題を振ろうかと考えていると、

「……ねえ」

遠慮がちにウキョウが口を開いた。

「さっきの店の店員さんに、店内でのことはカップルなら普通にやるって聞いたんだけど、君は俺以外の誰かともこうしてきたことがあるの?」
「……え?」

言おうとする意味が分からず尋ねると、

「だから、俺以外のヤツにも、あんなふうに見せてあげたりしたの?」

真っ直ぐにウキョウが尋ねた。今度は言葉の意味もちゃんと理解できて、私の顔も赤に染まる。

「……し、しないよ」
「ほんとに?」
「うん。だって……、ウキョウが初めて、だし」

ポツリと告げた言葉に、私を見つめていたウキョウは、

「ほんとのほんと?」

と、尋ねる。

「うん。ウキョウが私を意識してないからデートに遅刻するのかなって思ったから、 あそこに連れて行けば少しは意識してくれるかなって思って……」

そう言った私の言葉に、

「違うよ。俺は君を意識しすぎて常に興奮状態だから、落ち着くまですごく時間がかかっちゃうの!」

なんて返された。

「なんなら今すぐ証明するけど?」

その言葉に顔を上げた瞬間、

「ごめん。返事聞くひまないや」

ウキョウの両手に抱きしめられ、唇が塞がれていた。 初めて触れたウキョウの唇は、想像していたよりすごく熱くてドキドキした。

「次からなるべく遅刻しないよう頑張るから、あんまり俺を興奮させないでよ」

そう熱っぽい視線で呟いたウキョウに、

「私は、今みたいなウキョウも大好きだよ」

と告げると、

「ああもう。全然わかってない!」

なんてウキョウは苦笑して再び私の唇を塞いだ。




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イベントで配布したペラ本です。ショップのお姉さんのキャラが好きです^^