君が目の前にいて、俺を見る。 ただそれだけのことなのに、泣きそうなぐらい胸がいっぱいで苦しくなる。 けれど、

「ウキョウさん?」

首を傾げる君は、「ウキョウ」とは呼んでくれなくて、 同じ君なのに少しだけ寂しい。

  俺のことを好きになってくれなくても、生きてくれればいい。
  君が幸せであればいい。

と願っていたはずなのに、 君と過ごす時間が増えるたび、俺は欲張りになっていた。





Θ 叶わない願いを胸に抱いて Θ





「ウキョウさん?」
「あ、ごめんごめん。何でもないよ」

街へと買い物に出たら、バッタリと彼女に出くわした。 そんな偶然でさえ、俺にとっては天にも舞い上がるぐらい嬉しくて言葉が出なくなるなんて、 言ってもまた不審がられるだけだから言わない。

「俺はこれからスーパーに買い物なんだけど、君は散歩?」

そう声をかけると、彼女はコクンと頷いた。

「そっか。じゃ、暗くならないうちに帰るんだよ」

そう言って、彼女とそのまま別れた。 本音を言えば、手を掴んでそのまま彼女とデートがしたい。 けれど、この世界での俺は彼女にとって危険すぎるから、傍にいない方がいい。 そう分かっているのに、俺の足は自然と重くなる。 彼女と離れたくないのだ。

「はぁ…。見守るだけって……辛い、な」

彼女の幸せだけを願うと決めたのに、どんどん欲が生まれてしまう。 現に今だって、彼女が追いかけて来てくれないかななんて期待して…………。

「え……」

きゅっ、とジャケットの背中を誰かに掴まれ振り返ると、 先ほど別れたばかりの彼女が息を切らせていた。

「ど、どうしたの? 俺、なにかしちゃった?」

わざわざ追いかけてきたということは俺に用があったわけで、 彼女に不審者がられている自覚のある俺が思いつく理由なんて、 さきほどの会話で彼女を怒らせたぐらいしか思いつかなかった。 なのに、

「え? 方向音痴? 俺が?」

彼女は俺を心配して追いかけて来てくれたのだ。 その瞬間、彼女との思い出がよみがえった。
俺の記憶していた彼女の大学や、彼女のバイト先。 そのどれもが間違いで、彼女は笑いながら道案内してくれた。

「君、覚えてる……の?」

震える声で尋ねていた。 だって、今の彼女はこのやりとりを体験していないのだ。

「ご、ごめん。変なこと言って」

きょとんとする彼女に、俺は慌てて口を開く。

「えと、案内してくれるっていう申し出は嬉しいけど、俺なんかと歩いてたら危険だよ?」

だから君はこのまま帰った方がいい。 そう伝えたのに、彼女は俺の腕を掴んで離さない。 個人的には嬉しい展開だけれど、これは不味すぎる。 彼女には俺から離れてもらいたいけれど、彼女の中で俺の方向音痴の半端なさはハッキリと刷り込まれていて、 変なところで頑固な彼女は俺をスーパーに送り届けるまではどうあっても譲らないらしい。

「うーんと、わかった。じゃあ、こうしよう。君が前を歩いて、俺はその後ろをついていく。あ、大丈夫。 2メートルぐらい離れるから危険はないよ」

俺の言葉に

「よく分からないですけど、しっかりついてきて下さいね」

と彼女は笑った。




「ウキョウさん?」
「ちゃんと後ろにいるよ」

角を曲がるたびに心配そうに振り返る彼女の目はまっすぐに俺だけを見つめていて、 昔のようだとつい錯覚してしまう。 このまま二人だけ、世界から切り取られたらどんなに幸せだろうと、 俺はまた欲深いことを考えてしまった。




» end

方向音痴なウキョウに道案内してあげたい…!