「お帰りなさい、お兄ちゃん」

店にお花の配達に来たオリオンをそう言って出迎えると、

「えええええ?!」

と彼は大声を上げて、

「そうじゃないでしょ? ひょっとして、キミまた記憶なくしちゃったの?」

それから心配そうに私の顔を見上げるものだから、私はくすくすと笑いだしてしまった。





Θ お帰りなさい、お兄ちゃん Θ





「お帰りなさい、お兄ちゃん=@って出迎えるのであってるよ」

私がそう説明しても、

「え? 客は敵だー=@って言ってたのなら覚えがあるけど お兄ちゃん=@なんて言ってたっけ?」

オリオンは首を傾げ、

「あっ! もしかして、気づかないうちにニール様の悪戯で世界をとんじゃったのかなー。どうしよう」

と、本気で心配しだしてしまったので、

「世界がとんだわけじゃないから安心して」

と言って、今この店が妹フェアの真っ最中であることを伝えた。

「妹フェア? それでキミ、あんな挨拶したの?」
「そう、妹カフェみたいにお客さんをお兄ちゃんに見立てて、女性スタッフはその妹になりきって接客するんだよ」

私の言葉に、

「なんだー、ビックリしたー」

オリオンは安心したように声を出した。

「キミがボクにお兄ちゃんなんて言うとは思わなかったからすごく驚いちゃったけど、なんだかくすぐったいね」

そう言って笑うオリオンを私は席へと案内した。オリオンが配達に来る時は、決まってそのまま休憩していくからだ。

「お兄ちゃん、妹が愛情込めて作ったオムライスが今日のお勧めだよ」

メニューを見せながらオリオンにそう伝えると、

「なんか……照れちゃうね」

えへへと笑いながらオリオンは「じゃあそれにするよ」と伝えた。

「すぐできるからちょっと待っててね」

そう言ってペコリと頭を下げて、私は厨房にメニューを伝えた。 オススメというだけあって、フェアの最中はオムライスのオーダーが多い。 お客さんが入った段階で作り始めるので、注文を伝える頃には既に出来上がっていたりするのだ。

「はいよ、お待たせ」
「うん」

トーマに渡されたオムライスとケチャップを受け取ると、私はオリオンの席へと運んだ。





「うわっ、早いね」
「朝からオーダーが多いから、あらかじめ多めに作ってるんだよ」

こっそりとネタばらしをすると、

「余った分はどうするの?」

とオリオンは訊ねる。もちろん、全員が全員オムライスを注文してくれるわけではないのだけれど、

「それはね、ほら……」

と言って他のテーブル席を指さした。 そこではミネが上目づかいにお客さんにオムライスの良さをアピールしていた。

「えー、兄さんは私の作るオムライス食べたくないのー? せっかく、兄さんがいつ来てもいいように頑張って練習したのに……」

しょぼんと悲しそうな顔で俯いたミネの両指にはたくさんの絆創膏が巻かれていた。 そんな様子を前にして、お客さんは慌ててオムライスの注文をした。

「すごいね」
「ミネ目当てのお客さんはあれでほとんどオムライスを注文してるみたいだよ」
「へぇ。でもあそこまで練習したって言われたら、注文してあげたくなるよね」

オリオンの言葉に、私は苦笑いを浮かべた。 ミネの指の絆創膏はパフォーマンスなのだ。 そこまでやらなくてもいいんじゃないかと訊ねたのだけれど、 「だって、頑張る妹って可愛くないですか?」なんてケロリと言われてしまった。 もちろん、ああいわれてもオムライスを頼まないお客さんももちろんいる。 それで余ってしまったオムライスは私たちの昼食になるのだ。

「どうかしたの?」

苦笑いを浮かべた私に気づいてオリオンが訊ねるので、

「ミネは作らないから……」

と私は答えた。

「え? じゃあ実際に作るのは?」

オリオンの問いかけに、

「トーマだよ」

と答えると、「あぁ、なるほど」とオリオンは笑った。

「そっかー。じゃ、これもトーマの作ったオムライスかー。キミが作ってくれるかもってちょっと期待してたから、残念」

そう告げたオリオンに、私はケチャップを見せた。

「あのね、最後の仕上げは妹がすることになってるんだ」

そう言って、オムライスの上に【だいすき】と書くと、大きなハートでそれを囲んだ。

「ほんとは【お兄ちゃん大好き】なんだけど、文字数多いと私うまく書けなくて……」

トーマやイッキさんはこういう作業が得意なんだけれど、私もミネもサワもこの手の作業は苦手で、 それぞれアレンジして文字を書くことにしたのだ。

「ううん。キミらしくていいと思う。ボクは嬉しいよ」

にっこりと笑うオリオンは、そのまま

「いただきまーす」

と言ってオムライスを口に運んだ。

「どう? お兄ちゃん」

自分が作ったわけではないのだけれど、ドキドキしながら反応を待つと、

「うん、おいしい」

オリオンは満足気に笑った。

「トーマが作ったって言うからちょっと怖かったけど、キミにお兄ちゃんって言われながら食べるとなんだか家族になったみたいで嬉しいな」
「私も、オリオンとはずっと一緒だったから、家族だったらすごく嬉しいよ」

私の言葉に、何故かオリオンはオムライスをのどに詰まらせた。慌ててお水を差し出すと、ごくごくと飲み干していく。

「キミさ、そういうセリフ間違っても他の人に言ったらだめだよ」
「え?」

きょとんと首を傾げれば、

「キミはウキョウの彼女なんだから、他の男に気を持たせるような発言は不用意にしちゃ駄目ってこと」

何故かオリオンに注意された。

「他の男って……、他のお客さんには言ってないよ?」

ぶんぶんと首を振って答えると、

「ボクだって、ちゃんと男です」

とオリオン。

「キミと家族みたいに触れ合えるのは嬉しいけど、ボクは男として見てもらえる方が嬉しいかな」

真っ直ぐにそんな言葉を言われて、私の顔は熱を帯びたように熱くなってしまった。けれど、

「なんてね」

ちゃかすようにオリオンはそんなことを口にするから、今の発言が冗談だったのか彼の本気なのか判断がつかなかった。

「でも、いつかウキョウよりいい男になったら、キミを奪って見せるから、覚悟しててね」

続けられたその言葉に、私の顔は再び赤く染まってしまうのだった。





» end

妹本におさまらなかったオリオンver.です。