「俺、今年は本命からのチョコしか受け取らないって決めてるから」
そう言ってニッコリと笑う鷹斗は、女の子たちから離れるとすぐに私の元へとやってきた。
Θ
甘い帰り道 Θ
「ごめんね、撫子。お待たせ」
「う、うん……」
鷹斗が下校途中で色んな女の子に呼び止められるは慣れていた。
今日はバレンタインだからいつもより数が多いことに少し驚いていたけれど、
それよりも私を驚かせたのは鷹斗の言葉だった。
だって、小学生の頃から鷹斗を知っているけれど、
女の子の好意を素直に受け止めていたかれが初めてチョコを拒否したからだ。
( 本命って、好きな人ってことよね )
チラリと視線を向ければ、
「どうしたの?」
いつものように優しく微笑む鷹斗。
「な、なんでもないわ」
平然を装いながらそんなことを答え、視線を進行方向に向けた。
鷹斗と一緒に帰るのは小学生の頃からの日課になっていた。
中学に上がったころには理一郎は一緒に帰ってくれなくなって、代わりにずっと鷹斗が私の隣を歩いている。
( あんまり考えたこと無かったけれど、この状況って鷹斗の邪魔になっているんじゃないかしら…… )
好きな人がいるのならば、鷹斗だってその子と一緒に帰りたいはずだ。
私はいつの間にか鷹斗が特別な存在になっていたから毎日嬉しかったけれど、
鷹斗に好きな人がいると知ってしまった今は、呑気に浮かれている状況ではなかった。
( 私のわがままで縛っちゃ、ダメ……よね )
そう思ったら私の足はピタリと止まっていた。
「撫子?」
視界から消えた私に気付いて、鷹斗が振り返る。
「あの…、ごめんなさい」
「ん? 俺、謝られるようなことされた?」
いつもと変わらない笑顔で、鷹斗は私を見つめる。
「だって、鷹斗好きな子いるんでしょ?」
「うん、いるよ」
隠すことなくあっさりと鷹斗は口にした。
本人の口から改めて告げられ、予想していたこととはいえ、私の胸はチクリと痛んだ。
鞄の中に忍ばせたチョコは、お持ち帰り決定だ。
「なら、その子と一緒に帰った方がいいんじゃないかしら」
こんな場面を見られたら、きっと勘違いされてしまうだろう。
そう思って告げると、彼は少しだけ驚いた顔をして、
「それなら、俺は現状で満足しているよ」
すぐににっこりと微笑んで答えた。
けれど、そんな彼の態度に私の思考は停止した。
だって、好きな子に勘違いされてもおかしくない状況なのに満足って、
鷹斗は好きな子に嫉妬してほしいタイプなのだろうか。
「分からない?」
私の反応を彼は楽しそうに笑うと、
「俺の好きな人は君だよ、撫子」
ふわりと微笑むその顔に、顔が熱くなるのを感じた。
「鷹斗ってずるいわ」
「え?」
「急に告白するなんて……、心の準備が全然出来なかった」
照れ隠しにそう強気で答えると、
「ごめんね」
と彼は笑った。
「じゃあもう一つ告白するけど……」
今度はそう予告したので
「なにかしら?」
と尋ねると、
「今年はまだ一つもチョコもらってないんだ」
と言って、期待するような目で私を見つめた。
「そんなに素直にねだられたら渡さないわけにいかないじゃない」
苦笑しながら鞄から取り出したチョコを渡すと、鷹斗はすごく喜んでくれた。
それがすごく嬉しくて、
「私も今年は一つしか用意していないのよ?」
と告げると、彼の両腕に抱きしめられていた。
こんな場面、誰かに見られたら冷やかされてしまうと頭の片隅でわかっていたのに、拒むという選択肢は存在しなかった。
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昔発行したコピー本のお話を修正してます。