「撫子くん、一つ実験をしてもいいですかー?」

そんなボクの唐突な言葉に、彼女は暇つぶしに読んでいた本から顔を上げた。

「なにかしら」
「いえ、簡単なことです。ちょっと抱きしめさせて下さい」

にっこりと笑っていつもの調子で告げると、撫子くんの手から本がばさりと落ちた。




Θ 検証その一 Θ




「な、ななななな、何言ってるのよ、レイン」

突然10年後の世界に攫われても動揺しなかった撫子くんが、 ボクの言葉で動揺したのは意外だった。

「あれ? 変なこと言ってますか、ボク」

きょとんと首を傾げれば、

「あのねぇ。あなたはウサギのキーホルダーじゃないし、私も小学生の身体じゃないのよ」

撫子くんは何故かボクから距離をとりながら口を開く。

「あー…恥ずかしがってるんですか? 可愛いですねー」

ニコニコと笑いながらその距離を詰め、

「挨拶だと思ってくれればいいんです。ハグですよ、ハグ」

そう告げると彼女は少し考えるように口を閉ざした。 それからすぐに顔を上げると、

「その実験の理由にもよるわ。ここは日本なんだから、挨拶は言葉で済むもの」

なんて反論した。 ボクだって、ただ単に女の子に抱きつきたくて言っているわけではない。 彼女とレイチェルが時々重なってしまうから、抱きつくことで別人だと認識しようと思ったのだ。 けれど妹が亡くなっている理由を彼女に告げる必要性はないわけで、

「んー…、彼女と君が別人だと再確認したいだけです」

にっこりと告げると撫子くんはその真っ黒な目でボクを見つめた。

「彼女って……?」
「ないしょでーす」

探るようなその視線が何故か楽しくて、にんまりと笑って答えた。

「再確認したら、レインはどうするの?」
「特に何もないですね。彼女に二度と会えないことは知ってますから」

ボクの言葉に頭のいい撫子くんは何かを悟ったようで、

「まぁ、ハグぐらい別にいいわよ」

ポツリと答えた。






「じゃ、遠慮なく」

両手をワキワキと動かしたら、カエルくんに「おっさんかよ」と突っ込まれてしまった。 目の前の相手はつい数日前までは小学生だったんだと思ったら、なんだかいたたまれない気持ちになってしまった。
ゴホンと咳払いをして、改めてそっと彼女を抱きしめた。 両手におさまる彼女の身体は、想像していたよりずっと小さくて驚いた。 この世界にきてからずっと、彼女が弱い部分を見せなかったせいだろう。

「……確認は済んだ?」

腕の中で、彼女はどうしたらいいのか分からず両手をだらりと下げたまま口を開く。

「んー…撫子くんが彼女と別人だって言うのは確認するまでもなく分かりきっていたんですがー……」

そう、最初から分かりきっていた。 レイチェルが死んだのはずっと前のことで、髪の色だって目の色だって、全然違うのだ。

「君があまりにも抱き心地がいいので、放しがたくなってしまいました」

えへっと答えると腕の中で撫子くんが慌てるのが分かった。

「ちょっ…、こ、困るわ」
「えー? 何が困るんですか?」

そんな反応が楽しくて顔を覗き込むと、予想外にも真っ赤な顔の彼女がいて、 咄嗟の軽口が出ずにまじまじとその顔を見つめてしまった。

「……だから嫌だったのよ」

顔を隠すように俯く撫子くんは、

「べ、別にレインを意識たからとかそうじゃなくて、慣れてないのよ。男の人にこんなふうに抱きつかれるのに。 だから、絶対レインにときめいたとかそういうんじゃないんだから。その彼女さんと私を一緒にしないで頂戴。 ましてや身代わりなんてごめんだわ」

と、早口で一気にそう捲くしたてた。 その姿がなんだから無性に可笑しくて、 「彼女」が実は妹のことだということはもう少し内緒にしてもいいかなと思ってしまった。



検証結果
彼女はレイチェルと全然違って、挨拶というだけじゃなくてもっと別の意味で抱きしめてみたいと思った。




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撫子→レインが好きみたいです。