ジルに薔薇園を案内してもらう約束をしたハンナは、キューガーデンに来ていた。 約束の時間より早く来てしまったが、遠くから漂う薔薇の香りを堪能しながら待つのも悪くない。 最近はドタバタしていてゆっくりする時間のなかったハンナは、これからを楽しみにしていた。





Θ 赤 く 染 め て 、 Θ





ジルは約束の時間調度にやってきた。 だが、すでに待っていたハンナに気付き足を速めた。

「すまない、レディを待たせてしまって。私は時間を間違えてしまったかな?」

ジルの言葉にハンナは首を振る。

「ジルは約束の時間調度よ」
「無駄なく美しい行動だな」

ジルは満足気に何度も頷いた。それから忠誠を誓う騎士のように膝を折ると手を差し出す。

「ならば当初の予定通り、私にエスコートさせてもらえるかな?」

流れるようなその動作に、ハンナは真っ赤な顔で困惑している。

「あの…、恥ずかしいので手はちょっと……」

ハンナの言葉に残念そうに苦笑すると、

「恥ずかしがり屋の姫がそういうのなら仕方ない」

ジルは膝を叩いて立ち上がると薔薇園に向けて歩きだした。




長身のジルは人込みを気にも止めずすたすたと歩く。 対して平均的な身長のハンナはジルを見失わないようについていくのに必死だ。 距離はだんだんと開いてしまうがそれでもジルの後を追う。

「ジル、お願い。もう少しゆっくり…」
「ゆっくり歩いたらこの人込みに飲まれてしまうよ」

にっこりと笑ってジルは再び歩みを進めた。 ハンナは必死にその後を追うのだが、更に距離は開いていく。

「……ジ、ジル…………」

ハンナの視界からはジルの姿が完全に見えなくなり、俯く。 けれどすぐに長身の彼はハンナの元へとやってきた。


「姫の嫌がることはしたくないが、これは緊急事態だと納得してほしい」


そんなふうに前置きをして、彼はハンナの手を取った。

「私としては姫とはぐれてしまうほうが由々しき事態なのだよ」

ハンナは顔を赤らめるが振りほどくことはしなかった。それぐらいの混雑だったのだ。 先程のペースで歩かれ、ジルが戻ってきてくれなければ今度こそはぐれてしまうと思ったのだ。

「それでは行こうか、姫」

そういって歩きだしたジルの歩幅はハンナに合わせるようにゆっくりとしたものだった。 これでは手を繋がなくてもいいのではとハンナはジルを見上げる。 視線を感じてジルは微笑むと繋いだ手に力をこめた。

「やっと姫を捕まえたんだから、その時間を堪能したいと思う私のわがままを叶えてくれないだろうか」

そうにっこりと微笑まれてはハンナは断ることもできず、薔薇に負けず劣らず顔を赤らめるだけだった。



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ジルはすべて計算です