Θ 刻まれた名 Θ



ゴミ捨てを終えて教室へと帰る廊下で、私は乙女の敵に出会った。 それは忘れてはならない男。

「ちょっとあんた! この間のセクハラ男!!」

確か彼の名前を聞いたはずなのに、真っ先に思い浮かぶのはセクハラ。 それはそうだろう。初対面で彼は、私の肩に顔を埋め、あまつさえ臭いを嗅いだのだ。 これがセクハラでなければ何になるというのだ。

「……おまえか。なんだ、またして欲しいのか?」

また? またって、あの……首筋の……。 彼の返答に出会ったばかりの行動を思い出し、顔が真っ赤になる。

「こ…、今度あんなマネしたら訴えてやるんだからね」

私の言葉に彼は口元に笑みを浮かべる。

「……今度ってことは、この間のことはいいんだな?」

それはつまり、この間のことはセクハラだと、彼自身にも自覚があったということなのだろうか。

「良くないに決まってるでしょ、このセクハラ男!!」

言って一歩下がると、彼は不服とばかりに眉間にしわを寄せた。


「黙って聞いてればセクハラセクハラと、うるさい」


そう告げて、私に一歩詰め寄る。私は圧迫されるように一歩下がって、口を開く。

「うるさい、うるさい。あんたなんてセクハラで十分よ!」
「とかいいつつ、俺の名を覚えていないのだろう。まったく、見た目どおりの……」

ククッと笑って彼はつめよる。

「頭の悪い女だ」

覚えていないわけではない。断じて私の記憶力が悪いわけではない。 確かにこの男の名前は聞いたのだが、セクハラのインパクトが強すぎてスパンと抜けてしまったのだ。 懸命に記憶をたどっている間に彼は私の正面にまでやってきた。 そして私の両手を掴むと壁に押し付け

「遼だ。狗谷遼。今度は忘れるな」

私の目を覗き込むように顔を近づけ、遼は言った。 赤の目が真っ直ぐに私を見る。 そして

「……なっ……! 何っ!!」

首元を噛み付かれた。前回は臭いを嗅がれて、今度は噛み付いた。 なんなのだこの男は。

「これで忘れないだろう。それが消えるまでは……な」

ククッと笑う彼は、私の首筋を見て立ち去る。 まさか、まさかまさかまさか。 噛み付くだけでは飽き足らず、キスマークまでつけられたのだろうか。

「なっ、なんてものつけてんのよ!!」

立ち去る遼の背中に向けてそう吠えると、彼はうっとおしそうに手で私の声を払う。

「マーキングだ。気にするな」
「気、気にするわよ、バカーッ!!」

絶対許さない。今度という今度は許さない。

「絶対訴えてやるんだからね!!」

その背中に向けてもう一度吠えると、私は教室へと逃げ帰った。

狗谷遼。
セクハラ男にして変態で危険人物、狗谷遼。

この男の名は、そうして私の脳裏にクッキリと刻み込まれたのだった。



» Back

狗谷くんはなかなかキャラがつかめません;