父様が野菜と一緒にたくさんのみかんを貰って来たので九十九丸さんと食べることにしたのだけれど、
彼はみかんをむくのが苦手なようだった。
「切ったりするのは得意なんだが、こういう細かい作業は向いてないようだ」
苦笑した九十九丸さんの手には、頑張って白い筋を外したみかんがあった。
私が丸々一つ食べ終えた頃にようやく一房むき終えたのだから、相当苦手なのだろう。
「うぅ、早く食べたいのに情けない」
そう言って困ったように目尻を下げる九十九丸さんを見ていたら、
「あの、私がむきましょうか?」
自然とそんな言葉が漏れていた。
Θ
みかん Θ
いつもどおりに皮をむいて白い筋を取っているだけなのだけれど、九十九丸さんは「おぉ」と言いながらその様子を眺めていた。
「そ、そんなふうに見られると恥ずかしいのですが……」
当たり前のことをしているだけなのに熱い眼差しで見られると、恥ずかしさに居心地が悪くなってしまう。
「お嬢さんは俺が出来ないことを簡単にやってしまうのだな」
私の指先を見つめる九十九丸さんの目は優しくて、どきんと心臓がはねあがった。
「はい、どうぞ」
筋を取り終えたみかんを九十九丸さんへと差し出すと、
「かたじけない」
彼は受け取って口の中に放った。
嬉しそうににこにこと笑うその顔をもっと見たくて、丸々一個分私は筋を取ってあげることにした。
「すっかりお嬢さんの手を煩わせてしまったな」
「いえ、私がしたくてやったことなので気にしないで下さい」
いつもは私の方が九十九丸さんに助けてもらってばかりなのだ。ささやかではあるけれど、彼の役に立てたことが嬉しかった。
「俺より小さい手なのに、お嬢さんの手はすごいな」
そう言って、私の手を握りしめると九十九丸さんはまじまじと見つめた。
「な、慣れれば九十九丸さんも出来ますよ」
「そうだといいな」
手を握られるだけでも恥ずかしいのに
にっこりと笑顔でそんなことを言われて、ますます心臓が騒ぎ立てた。
今すぐ手を離してほしいような、まだ離してほしくないような、そんな相反する想いで頭の中がぐるぐるしている。
一体自分はどうしてしまったのだろうと考えていると
「?」
指に生温かい何かが触れた。驚いて指へと視線を向けると、パッと九十九丸さんが手を離したところだった。
「す、すまない」
「?」
その言葉に九十九丸さんへと顔を向ければ彼は真っ赤な顔をしていて、
「お嬢さんの手からみかんの香りがしたから……、その……、つい……舐めて……しまった」
なんて白状されてしまった。その瞬間、私までその熱が伝染したように顔が真っ赤に染まる。
「…ッ!?」
慌てて手を引っ込めて胸の前に持ってくると、どきどきと着物の上からでも分かるぐらい強い鼓動を感じた。
「わ、私の手はみかんじゃないので食べれませんよ?」
思わずそんなことを口にしたのだけれど、
「今度から一人でみかんを食べてもお嬢さんを思い出してしまうな」
照れたようにそう告げられて、私はみかんを見ただけでこの熱を思い出してしまいそうだと思った。
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九十九丸さんはいつか香夜ちゃんの手を食べるような気がします笑