お姫様の身代わりを無事に終え、父様の待つ江戸に帰ることになった。
籠の到着を待ちながら、護衛してくれたみなさんの帰りの無事を祈ることにしたのだけれど、

「……あれ?」

どこを探しても母様のお守りが見つからなかった。




Θ 笑顔一つで世界は変わる Θ





通りの真ん中でごそごそと不振な動きをする私に、

「なにやってんだ」

呆れながら声をかけてきたのは螢さんだ。

「実は、母様のお守りをなくしてしまいまして」

肩を落としながら私は答えた。
あれは父様が持たせてくれた大切なお守りで、母様の形見でもある。
代わりなどない、世界に一つだけのものだ。

「マジかよ。いつなくしたとか覚えてねーのか?」

まさか螢さんがそんな言葉を投げ掛けてくれるなんて思わず、私は驚いて彼を見上げた。
だって、護衛の最中の螢さんはいつもイライラしていて、周りに人を寄せ付けない雰囲気だったからだ。

「な、なんだよ」

螢さんはバツが悪そうに視線をそらした。
これが照れ隠しの行動だというのは道中で理解していた私は

「いえ」

と答えてにっこりと笑う。

「お気遣いありがとうございます。ですが、籠もそろそろ来ると思いますし諦めることにします」

螢さんもこれから江戸に戻らなければならない。私に構って出立が遅くなってしまっては申し訳なかった。

「オマエがそういうならいいけど、無理に笑うな」
「え?」

再び聞こえた予想外の言葉。
驚いて螢さんを見つめると、彼は真面目な顔で私をみていた。

「お前の笑顔は、いつももっとこうだろ?」

そう言って、螢さんの指が私の口元に伸び、無理やり口角を持ち上げた。

「アイツらと喋ってたときは、もっとこう、自然と…………っ!」

そこまで言って、彼はようやく自分の行動に気づいたようだ。
真っ赤な顔で慌てて手を離すと、

「わ、悪い」

と口にした。

「い、いえ」

螢さんの行動に驚いたのはもちろんのこと、螢さんが私の笑顔を知っていたことに驚いた。
文句を言いつつも道中の間、彼はちゃんと私を見ていてくれたのだ。
それに気づいたら、螢さんに対する苦手意識はなくなった。

「なくしてしまったのは残念ですけど、くよくよしてても仕方ないですもんね」

急に前向きになった私を、螢さんは不思議そうに見つめている。

「お守りがないといざというとき心許ないですけど、螢さんが認めてくれた笑顔で乗り切ろうと思います」

にっこりと、今度はいつも通り笑えたはずだ。
そんな私を見ながら螢さんは「バーカ」と呟くと、

「いざというときはオレを呼べばいいだろ?」

乱暴に私の頭をかきまわした。
それが照れ隠しの行動なのは理解していたけれど、こんなふうに触れてもらうのは初めてで照れてしまう。

「い、いいんですか?」

おずおずとそう訊ねれば、

「他人じゃねーし。そんぐらいはしてやるよ」

螢さんがそう言ってくれたから、

「はいっ」

私は今度はちゃんと、満面の笑みで答えるのだった。







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江戸に帰るついでとかいって、螢さんはお守りを見つけてくれるに違いない。