高熱を出した私のために実彰さんは薬を貰いにお医者様の元へと出かけた。
一人取り残された私はぼんやりとしながら過ごしていたのだけれど、
「……あれ?」
部屋にもう一人誰かいることに気付いた。
Θ
熱病 Θ
「ハバキ……ちゃん?」
なんとなくそんな気がして声をかけると、
『うっそ〜。あたしが見えるの〜?』
ふわふわと浮かんでいた彼女は真っ直ぐに私を見つめて驚いた声をあげた。
そのままふわりとこちらに飛んでくると、
『そっか〜。高熱で死にかけてるから見るのか』
と、彼女は一人納得してしまった。
『あ〜、でも良かった〜。実彰が居なくなると話し相手もいないしさ、すっごい退屈だったんだ〜』
「ふふ。私同じだったので嬉しいです」
そう言ってにっこり笑うとハバキちゃんも笑ってくれた。
そんな笑顔も熱が下がったら見えなくなってしまうのかなと思ったら少し寂しくて、
「そうだ。私、ハバキちゃんにずっとお礼が言いたかったんです」
面と向かって言いたかった言葉を告げることにした。
『え? あたしに言いたいこと?』
「はい。実彰さんの傍にずっといて下さって、ありがとうございました」
実彰さんの過去の話を聞いたとき、傍にいてあげられなかったことがすごく悔しかった。
けれど、一人きりじゃなかったことに安心したのだ。
ハバキちゃんがいてくれたから、きっと救われた部分もあったと思う。
『あたしはあたしの理由で傍にいただけだし、そんなの全然いいのに〜』
ニコニコと笑って答えるハバキちゃんを見ていたら、何故かチクリと胸が痛んだ。
そのことが顔に出てしまったのだろう。
『ん? どうかした〜?』
「ハバキちゃんが実彰さんの傍にいてくれたのは本当に嬉しいんですけど……」
こんな可愛い女の子がずっと傍にいて、どうして私を選んでくれたのだろう。
ハバキちゃんみたいに可愛い容姿をしているわけでもないし、明るい性格でもない。
「私、ハバキちゃんに勝てそうにないなって……」
ぽつりと呟いた言葉に、
『あ〜…それはないない。あたしは血がほしいだけで実彰自身には何の興味もないし〜』
ハバキちゃんは興味なさそうに手をひらひらと振ると、
『それにさ、実彰はあんたにメロメロだから大丈夫よ〜』
と続けた。
「めろめろとは?」
聞き慣れない単語にそう訊ねると、
『んーと、とにかく夢中だってことよ』
ハバキちゃんはにっこりと笑った。
「む、夢中ですか?!」
驚く私に、ハバキちゃんは口を開く。
『そーそ、散々隠居するって言っといて江戸を離れなかったのはあんたのためだし〜』
『あんたが風邪引いたって言って最近は身体にいい食事にしてたし〜』
『あんたが思ってる以上に、実彰はあんたが好きなんだと……』
と言いかけたところで慌てたように襖が開いた。
そこには真っ赤な顔をした実彰さんがいて、ズカズカと部屋に入るとハバキちゃんを手で追い払った。
『ちょっと、何するのよ〜』
「それ以上は自分の口から告げる。だから、お前は向こうへ行っていろ」
『へぇ?』
実彰さんの言葉に、ハバキちゃんはにんまりとした笑みを浮かべると、
『わかったわよ〜』
と言ってパッと姿を消した。
けれどまたすぐに私の真横に姿を現すと、ボソッと一言告げて今度こそ姿を消した。
取り残された私は、彼らしからぬ行動を取った実彰さんをただじっと見つめるばかりだ。
「そ、その。ハバキに何か言われていたようだが……」
沈黙に耐えかねてようやく口を開いた実彰さんは、
「概ね間違ってはいない。わたしはあなたを好いている」
真っ直ぐに私を見つめて口を開いた。
「わたしなんかのためにいつも一生懸命で、あなたの傍にいるとまるで春の陽だまりの中にいるような安心感があって。
こんなに幸せでいいのだうろかといつも自問してしまうほど、あなたと一緒にいられてわたしは幸せだ」
続けて告げられた言葉に私は顔を真っ赤にさせて、
『また熱出したりしないでね』と私にこっそり告げたハバキちゃんの言葉を思い出していた。
どうやらハバキちゃんの言っていた通り私は実彰さんに愛されているらしい。
そのことを理解した安心感と、実彰さんからの言葉で私は再び熱を出してしまい、
「だ、大丈夫か?」
心配そうな実彰さんの声を聞きながら意識を手放した。
『だから言ったのに〜』
そんなハバキちゃんの楽しそうな声が聞こえたような気がしたけれど、確かめるすべはなかった。
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ハバキちゃんと喋ったら楽しいだろうなーと