最近は物騒だからと螢に言われていたのに、
お客さんの忘れ物を届けていたら辺りはすっかりと暗くなってしまった。
「ちょっと怖いけど、近道して帰ろうかな……」
そう思って人通りのない道へと足を踏み入れると嫌な空気が漂っていた。
まずいと思った時には遅く一瞬であたりの空気が変わり、
「グォォォ」
何匹もの妖怪に囲まれていた。
Θ
泣いて、笑って、 Θ
妖怪たちの領域に足を踏み入れてしまったのは私だ。
ここに薙刀さえあれば、退路を確保しようと奮闘したかもしれない。
けれど、
「グルルル」
威嚇するような声に、足がすくんで動けなくなってしまった。
「……や」
震える身体を抱きしめながら、私は口を開いた。
「やだったら。あっちに行ってよ」
近くの石を投げたところで追い払えるはずもなく、寧ろ妖怪たちは更に私を威嚇した。
そして、
「ガアァァッ」
妖怪の一匹が地面を蹴って私に襲い掛かった瞬間、
「螢ッ!!」
もう駄目だと思った時に真っ先に浮かんだ彼の名を呼んでぎゅっと目を閉じた。
けれど、
「…………?」
私にやってくるはずの攻撃はいつまで経ってもなかった。
代わりに聞こえたのは妖怪の呻き声と、
「オレに勝てるわけねーだろ」
と言う声だ。
嫌な空気がなくなったことで恐る恐る目を開けると、
「バーッカ。最近は物騒だって何度も言っただろ」
呆れ顔の螢がそこにいた。
「……螢?」
私の見ている都合のいい幻ではないかと思わず確かめるように名を呼ぶと、
「あぁ」
彼はニッと口の端を持ち上げて笑った。
「……っ」
その顔を見たら安心してしまって、涙が止まらなくなってしまった。
「ちょっ、オマエこんなことぐらいで泣くなよ」
「だって……。もう螢に会えないかと思ったんだもん」
「はぁ? んなこととオマエが泣くことと何の意味が……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、螢は私の背中をポンポンと撫でた。
そんな優しさが螢らしくて、気づけば私は笑っていた。
「襲われて泣いてたってのに、もう笑ってやがる」
どういう神経してんだと呆れたように続けられ、
「だって……、嬉しいから」
と私は答えた。
「は? 襲われたのがそんなに嬉しいのか?」
真顔でそんなことを訊ねる螢に、私はくすくすと笑う。
「違うの。好きな人に助けてもらえて、それがすごく嬉しいなって」
「なんだ、そっか。それならよかっ…………て、えぇ?!」
驚いた顔で私を見つめる螢を見て、とんでもないことを口走ったことを自覚した。
けれど、訂正するつもりはなかった。
「そ、そういうわけだから、別に笑っててもいいでしょ?」
そう口にしてチラリと螢へ視線を送ると、
「あ、あぁ」
と言いながら彼は顔をそむけてしまったのだけれど、
一瞬だけ見えた耳が真っ赤だったから、
いつものように照れているだけだと理解して私はまただらしなく笑うのだった。
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香夜のピンチにはいつでもやってきます!