店のお野菜がなくなってしまったので与兵衛さんのところへ行ってくると告げると、
九十九丸はわざわざ見送りに来てくれた。
「心配なので八つ半に迎えに行きますね」
「折角のお休みなのにごめんね」
「いえ、ではいってらっしゃい」
「行ってきます」
ぶんぶんと手を振って歩き出す。
けれど、すぐに後ろを振り返ると、九十九丸はまだ店先に立って私を見送っていた。
以前にもこんなことがあったなと自然と笑みが浮かんで、そのままこちらを見ている九十九丸に手を振る。
手を振り返してくれた九十九丸に嬉しくなって、私は上機嫌で歩き出す。
そしてまた、ちらりと振り返る。
「どうかしましたか?」
まだ見送っている九十九丸の姿に、胸がいっぱいになる。
出会った頃から変わらず、本当に優しい人だ。
「なんでもない」
そう言って歩き出そうとして、ふと私は思いついて足を止める。
そのまままわれ右して九十九丸へと駆け寄ると、
「お嬢さん?」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「忘れ物を思い出しました」
「なにを忘れたんです? 俺、とってきますよ」
「あ、大丈夫です」
店に戻ろうとする九十九丸の着物を掴むと、
「忘れ物はここですから」
そう言って私は背伸びしてそっと九十九丸の頬へと唇を寄せた。
「!!」
「ふふ、じゃあ行ってきます」
にっこりと笑って手を振ると、彼は真っ赤な顔で私を見つめていた。
そんな姿をしっかりと目に焼き付けて、私はようやく歩き出すのだった。
Θ
江戸で一番幸せなのは私だろう Θ
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毎日こんなことしてるといい。あえて敬語で^^