ポカンと呆けたままの私の背後で、

「せーんせ。とっくに予鈴は鳴り終わっちゃったぞー」

という柔らかな声が聞こえた。 教師である私にこんな風に声をかける生徒なんて一人しか思い当たらず、私は振り返る。

「な…那智君。今の……聞いてた?」
「ん?」

小首を傾げる那智君の表情を見ながら、私は先程の出来事を思い出していた。




Θ 夏の暑さと恋の微熱 Θ




夏休みだというのに私は今日も学校に来ていた。 成績の悪いクラスZのために補習を行っていたからだ。 休憩を終えて午後の補習に向かおうとした私の前に、男の子が声をかけてきた。

「あ、あの、北森先生」
「ん? 君は……」

部活動で学校に来たのだろうか。彼は私が授業を教えている、一年の生徒だった。

「確か一年の……」

そう言って彼のクラスと名前を口にすると、彼はパッと顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。 そのまま私の顔を見つめ、一気に口を開いた。

「あの…っ、俺、……先生が好きです!」
「え?」

驚いた声を上げるとちょうど予鈴が鳴り、彼はハッとしたように口を開いた。

「す、すみません。でも、付き合っている人がいないなら、考えて下さい」

ペコリと頭を下げて、彼は逃げるように走り去った。






「何かあったのか?」

那智君の声にハッとすると、彼の顔は目の前にあった。

「なっ…」

あまりの近さに驚く私を見て、彼はククッと笑う。 廊下に人がいないのをいいことに、彼はブラックになっていた。

「何があった」

もう一度問いかけられ、私はポツリと口を開いた。

「……く、された」
「は? 聞こえないんだけど」

私の言葉に那智君は答える。普段かぶっている猫を脱いだからと言ってあんまりな言い方に、

「告白されたの!」

私は叫ぶように告げていた。

「は?」

ポカンと那智君は口を開いたままの姿勢で、私を指差す。私はコクリと頷いて、

「だから、私が告白されたの」

その瞬間、ぎゅっと彼の手が私の頬をつねった。

「い、いひゃいよ」

その情けない声に彼はパッと手を離す。

「なんだ。暑さで頭がやられたわけじゃないんだ」
「し、失礼な」

ヒリヒリと痛む頬をさすりながら口を開くと、

「だってありえないでしょ? せんせいが告白されるなんて」

と彼はケロリと答えた。

「ありえないって……」
「じゃあ聞くけど。これまで告白された経験は?」
「な、ないけど……」

真っ赤な顔で口にして、

「って、別にこれ今関係ないじゃない!」

と告げると彼は「そうだねー」なんて笑っていた。

「それにしても、物好きな奴もいたもんだね」
「物好きって、そんな言い方は彼に失礼じゃない」

仮にも私に好意を寄せてくれた相手をそんな言い方するものだから、私はムッとして口を開いた。

「失礼って……。そんな物好き、おれぐらいだと思ってたんだけど?」
「〜〜〜ッ」

サラリと告げられた言葉に顔が赤くなってしまった。 だってそれはまるで、那智君が私を好きだと告白した見たいだったからだ。

「なに? 真っ赤な顔して」

ニヤニヤと那智君は私の顔を見て笑う。

「こ、これは別に……そ、そう、暑いからよ。や、やーね。廊下ってクーラーの効きが悪くて」

わざとそう口にした私に、

「ま、そーゆーことにしといてやるよ」

と那智君は笑って、もう一度私の頬をつねるのだった。





オマケ

「んで? その一年って名前は?」
「なんで言わなきゃならないの?」
「しめるからに決まってんだろ?」
「へ?」
「おれのモノを横からかっさらおうなんて、いい度胸じゃん」
「じょ、冗談よね? 那智君」

期待を込めてそう口にした私の言葉に那智君は答えずただ静かに笑うものだから、
私はあの一年生の身の安全のためにも、一日も早く彼の告白を断ろうと、決意を新たにするのだった。


オワレ





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昔の使い回しです(笑) インテの無料配布本に載せてました^^