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恋つぼみ Θ
今日二度目の映画館は、カップルシートではなく普通のシート。
そのことをちょっと残念に思いながらも肘掛に手をのせると、隣の慧君の手とぶつかった。
「す、すまない」
慌てて引っ込められた手に思わず笑うと、「なんだ」と隣から無言の圧力がかかり、
それがまた面白くて笑ってしまった。
つい先ほど見たおかげか、今度は私も慧君も二人して画面に釘付けだった。
前作で死んでしまったと思っていた人物が実は生きていたということにホッとしたり、
壊れてしまった秘宝の行方をハラハラしながら追ったりと、物語に引き込まれていた。
動くときといえば上映前に買ったウーロン茶を飲むときぐらいだ。
「(……あれ?)」
変化に気付いた私は、思わず持ち上げたウーロン茶を振ってしまった。
いつもだったら映画館で買う飲み物を残してしまう私なのに、
今日に限ってウーロン茶がもうなくなりそうなのだ。
「(緊張してる……のかな。慧君と一緒だから?)」
けれど、今日はもっとすごいことをしている。
慧君と映画を観たこともそうだけれど、その映画をカップルシートで観たのだ。
シートが狭く作られているため、お互いの体が密着してすごく恥ずかしかったのを覚えている。
それに眠ってしまった慧君にずっと肩に貸していたし、そのあとには慧君の部屋でDVD まで観たのだ。
「(改めて思い返すとすごいことしてたのかも……)」
一日の出来事を思い出すと顔が熱くなってきた。
火照りを冷まそうと伸ばした手は、何故か慧君の手とぶつかった。
「え?」
「ん?」
二人して声を発してから慌てて口を閉じる。
映画はちょうど盛り上がりを見せていて誰も私たちが声を発したことには気付いていない。
慧君もすぐさま映画に熱中してしまったようで、顔は画面に釘付けだった。
けれどウーロン茶の減りが早かった理由に思い当たってしまった私は、
それ以降、映画の内容なんて何も頭に入ってこなかった。
「な、なんでお前が僕の飲み物に手を伸ばすんだ!」
場内に明かりが戻ると、慧君は真っ赤な顔で抗議した。
「違うよ、これは私のだってば」
「なに? 僕が間違えたとでも言うのか?」
「そうだよ」
私が注文した飲み物はウーロン茶。慧君が頼んだのは紅茶。
いくら色が似ているからって、味まで間違えたりはしない。
「それにほら、そっちのホルダーに慧君の紅茶残ってるじゃない」
そう言って指さした先には手付かずの紅茶が残っていた。
「…………」
「…………」
お互いに無言で見つめあうと、慧君は次第に顔を赤らめ口を開く。
「な、なんでもっと早く言わないんだお前は!」
「え? やっぱり私が悪いことになるの? ねぇ」
つっこむとすぐにフンと顔をそらしてしまう慧君。
どんなに慧君が悪くても、彼から折れることはないと数ヶ月一緒に補習をしてきて私は学習した。
だから、
「あー…こういうのって良くあるよね。うん、あるある。友達同士でもやっちゃうし。だから、うん。気にしないことにしよう」
そう明るく言ったのに、
「お前は男にもたれかかられて気にしないだけではなく、接吻も気にしないというのか!」
なんてつっこまれてしまった。
思わず私は盛大に「ぶっ!」と吹き出してしまったのだが、慧君は大真面目だから始末に負えない。
「また誤解のある言い方を……」
もたれかかられたのは眠ってしまった慧君に肩を貸してあげたというだけの話だし、
慧君の言う接吻はいわゆる間接キスのことだ。
つっこみたい気持ちをぐっと耐えていると、
「友人同士の回し飲みはあっても、異性での回し飲みは破廉恥だろう」
ピシャリと言われてしまった。
「(破廉恥って……)」
なんだか私ばかりが悪いような言い方だ。
「(だいたい間違えたのは慧君の方だし、間接キスを気にするのは女の子の方だと思うのだけれど……)」
納得のいかない顔で慧君を見つめると、
「……第一、僕はお前と友人関係ではない」
そんな言葉が聞こえた。
最近、補習もいい感じに進んでいたし、今日だって一日中一緒に過ごしていたし、
私の中では慧君は生徒なのだけれど友達のような感じだった。
そんな相手に「友人関係ではない」と言われて、傷つかないほど私はにぶいわけでもない。
「…………」
「な、なんだ。言いたいことがあるんなら言えばいいだろう」
そう返された私は、ぐっと顔を上げて慧君を見つめる。
「私は、慧君のこと友達みたいに思ってる」
「なん…だと?」
「そりゃ、教師としてそんなの間違ってるって思うけど、でも慧君とは仲良くなったって思うもん」
四月の頃は正直うまくやっていく自信はなかった。
けれど、これが今の私の気持ちだ。
「た、確かにお互いにいい関係ではあると思う。だが…友情で括られるのは心外だ」
「なっ……」
教師と生徒は友情を育んではならないとでも言うのだろうか。
「それに僕が抱いているこの感情は友情ではなく…………」
落ち込んだ私の耳にポツリと慧君の言葉がふってきた。
確認するように顔を上げてジッと慧君の言葉を待つと、
私の視線に気付いて慧君の顔がみるみるうちに赤くなってしまった。
「な…っ、何を言わせる気だ!」
「えぇっ! まだ何も聞いてないよ」
「うるさい、この話はもうやめだッ」
自分から言い出して勝手に話を切り上げると、慧君は私の手を掴んで歩き出した。
慧君と私は友人関係ではない。
そう言われて「嫌われている」と思い込んでしまったけれど、
慧君のように好き嫌いのはっきりした人間が、嫌いな相手の手を掴むとも考えられない。
「少しは自惚れてもいいのかな……?」
思わず呟いた言葉にもちろん返事なんてなかったけれど、
慧君の顔がいつまでも真っ赤だったから、少しどころか大幅に自惚れることにした。
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映画デートその後。二回目は普通のシートだと思う!