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思い出の欠片 Θ
最初の約束通り、イルカショーを見終わった後、慧君はお土産屋に足を運んでくれた。
「思い出を作った一日を振り返りながら記念になるものを探す、それが常道だ」
と慧君に言われていたのに、私が真っ先に向かったのはイルカのぬいぐるみの棚。
そんな私を慧君は「まるで子供だな」と言っていたけれど、
その言葉にいつものような刺はなくて、私は大きなぬいぐるみを抱きしめると後ろの慧君を振り返った。
「見てみて、可愛いっ」
両手に抱きしめ顔を埋めたのは、大きなイルカのぬいぐるみだった。
水族館に来て早々から私が目を付けていたものだ。
「ゴンちゃんとタマちゃんも可愛かったし。やっぱり思い出って意味でもイルカのぬいぐるみだよね」
ニコニコと笑ってそう告げる私に、
「そんなもの、持ち帰るのが大変だぞ」
慧君は相変わらずつれない反応だ。
「それに、ねだられてもそんな高いものは買わないからな」
念を押すようにフンと言われた言葉に、思わず視線をぬいぐるみから慧君へと向けてしまった。
慧君は顔色一つ変えていないようだから、無自覚なのだろうか。
「な…なんだ」
私の視線を感じて、段々と慧君の顔が赤に染まる。
私はえへへとだらしなく笑うと、感じた疑問を口にした。
「だって。その言い方じゃまるで安いものなら買ってくれるみたいなんだもの」
てっきり「調子に乗るな」と怒られると思っていた私に、
「当然だろう。デートのお礼にその日の思い出となるものをプレゼントするのは基本だ」
なんて言われてしまった。
慧君の言葉に他意はない。デートマニュアルで読んだ常識を口にしただけなのだろう。
今日のデートは天十郎君と同レベルでいたくない慧君が経験を積むための、ただの練習なのだ。
だから私も練習と割り切って楽しめばいいのだ。
「うーん、じゃぁお言葉に甘えて……」
抱きしめたぬいぐるみを棚に戻すと、手のひらにおさまるサイズのぬいぐるみ手に取った。
「これ、お願いね」
「あぁ」
笑って慧君に手渡すと、彼はそのままレジへと進む。
その後ろをついて歩きながら、
「これでベッドが寂しくなくなるなー…」
と私は呟いた。
私の部屋は至ってシンプルで、女の子らしくないとよく言われる。
だから、ベッドの枕元にちょこんと飾ろうと思ったのだ。
けれど私が声を漏らしたその瞬間、急に慧君が立ち止まるものだから
「わぷっ」
と私は慧君の背中にぶつかった。
「まさかとは思うが、いい年をして一緒に寝るのか?」
「ん? そうだけど?」
何を今更そんな確認をするのだろうと首を傾げながら答えると、
「駄目だ。イルカは却下だ」
と慧君は告げる。
やっぱりいい大人がイルカのぬいぐるみなんて可愛らしすぎたのだろうか。
「だったらクラゲでも……」
そう言いかけると、
「アイツと同衾などさせられるか!」
ものすごい勢いで怒られてしまった。
「……アイツ?」
「な、なんでもない。とにかくぬいぐるみは却下だ」
キッパリとそう告げた慧君は、元来た道を戻ってぬいぐるみを棚に戻してしまう。
そしてそのまま今度は私の手を引くと、お土産屋の奥へと移動していった。
ようやく立ち止まったのは、イルカのペンが並ぶ文具の棚だ。
「おとなしくペンにしていろ」
「えーっ」
不満気な声を上げた私に、慧君は
「なら、何も買わん」
なんて言われてしまった。
「デートのお礼にその日の思い出となるものをプレゼントするのは基本だ」
なんて言っていたくせにと思いながらも、私は色違いのペンを二本選んだ。
「まぁ金額が金額だからな、二本でも構わん」
「ううん、こっちは私が慧君に買ってあげるの」
「なに?」
「思い出になるものをプレゼントするのが基本なんでしょ? 私も楽しかったもの」
にっこりと笑って告げると慧君は真っ赤な顔で固まってしまった。
そんな慧君をそのままに、私は一人でレジへと向かった。
イルカのぬいぐるみは心残りだったけれど、
それ以上の思い出がこのペンに込められていると思ったら嬉しくて、
私はとびきりの笑顔で慧君にペンをプレゼントするのだった。
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クラゲ=天を連想してしまう慧があまりに可愛かったので(苦笑)