予報では今日の降水確率は低かったのに、学校を出ると雨が降っていた。
天気予報を信じていた私はもちろん傘なんて持っていない。
どうしたものかと昇降口でしばらく空と睨めっこをしたけれど、こればかりはどうにもならない。
Θ
雨唄 Θ
「はぁ、仕方ない……」
一向に止む気配のない雨に、覚悟を決めて濡れて帰ろうと一歩足を踏み出す。
けれど、ちょうど同じタイミングで私の頭上に傘が差された。
「濡れて帰る気? ティンカーちゃん」
「アラタ君?!」
振り返ればそこにいたのはアラタ君だった。
けれど今日の補習は一時間以上前に終えていたから、私にとっては意外な人物の登場だった。
「もう帰ったんじゃ……」
パチパチと瞬きを繰り返しながら疑問を口にすると、彼はフフッと笑って答えた。
「帰るつもりだったんだけどね。可愛い妖精さんが宿題をたくさんくれちゃったから、
ちょっとアホサイユで片づけてたの」
「うっ、ごめん」
もちろんアラタ君のいう妖精さんは私だ。
最近は補習だけでなく宿題も真面目にやってきてくれるから、
嬉しくてついたくさんプリントを渡してしまったのだ。
「オレのことよりティンカーちゃんこそ、こんな時間までどうしたの?」
「私は明日の分のプリントを作っていて……その、気付いたらこんな時間になってて……」
自分がトロイと宣言しているようで語尾が段々と小さくなってしまった私に、彼は笑った。
「ってことは帰るところで間違いないんだね?」
「え?」
そっと肩を押され困惑気味に彼を見上げると、
「オレも帰るところだから送ってくよん」
と告げられた。
「え? でも……」
こんな時間に送ってもらったら、アラタ君の帰る時間がどんどん遅くなってしまう。
申し訳なくて断ろうと口を開きかけた私の顔の前で「チッチッチ」と人差し指を揺らして彼は口を開く。
「こういうときはマジに遠慮は無用だよ」
「で、でも」
なおも断ろうとする私に、アラタ君はウィンクして答えた。
「ティンカーちゃんは女の子なんだから、こんな時間に一人で帰ったら駄目だよ」
「大丈夫だよ。これぐらいの時間に帰ることもあるし」
「だーめ。オレが心配するの。それに、オレのせいで残ってたんでしょ? だったら尚更って感じだし」
確かに作成していたプリントはアラタ君の補習で使うものだ。
けれどこれは私が好きで居残りして作っていた。作ろうと思えば家でだってできたものだ。
そのまま考え込んでしまった私に、アラタ君はふぅと息を吐いて口を開く。
「傘だけ渡してオレは濡れて帰った方がス・テ・キなんだろうけど」
「だ、駄目だよ、それは」
慌てて口を開くと、
「そ? 水も滴るいい男って言うでしょ?」
冗談めかしてアラタ君は告げたけれど、彼は本気で実践しそうだ。
「い、言うかもしれないけど、でも駄目です」
私の言葉にアラタ君はフフッと笑う。
「じゃ、観念してオレと相合傘で帰ってくれる?」
「う、うん……」
アラタ君が濡れて帰るぐらいなら、送ってもらった方がいいような気がして、私は素直に頷いた。
一度はそれで納得して歩き出したものの、
それ以前に私が濡れて帰れば丸くおさまるのではないのだろうかと気づいた。
口にした方がいいのか、素直に傘に入れてもらった方がいいのか悩んでいると、
葛藤がそのまま顔に出てしまったようだ。
ツンと眉間の皺をアラタ君の指で突かれた。
「そんな顔しないでよ。役得だと思ってるんだから」
「役得?」
疑問を口にした私の肩を抱きよせ、アラタ君は口元に笑みを浮かべて答えた。
「そ。こんなふうにティンカーちゃんにひっついても怒られないし。
МTО、マジでツイてるオレって感じだし」
確かにいつもだったら、こんなふうに抱き寄せられたら、その手をパチンと叩いていただろう。
けれど、今日はその手つきに厭らしさを感じない。
それどころか、私の体をしっかりと傘の中におさめて、彼の優しさが伝わってきた。
でもそのせいでアラタ君の肩は雨に濡れていた。
ただでさえアラタ君は体が大きいのに、私まで傘の中に招き入れたからだ。
「アラタ君ももっと傘の中に入らないと」
「ンフ。もっとオレとイチャイチャしたいってこと? それならそうと早く言ってよ」
いつもの調子でそう口にするアラタ君。
おちゃらけているように見えるけれど、アラタ君の優しさだと分かるから、
「違うよ」
まっすぐにアラタ君を見つめて口を開く。
「このままじゃアラタ君が風邪ひいちゃうでしょ? 私なら少しは濡れても平気だから」
そう言って傘から出ようとすると、
「駄目だったら。ティンカーちゃんは女の子なんだから、濡れたら駄目だよ」
再び肩を抱き寄せられてしまった。
「む。男の子だって濡れたら駄目だよ。風邪ひくもん」
めげずに再び傘から出ようとしても、
「オレは大丈夫。だって阿呆だからね」
またアラタ君の手が伸びる。
「それが何の関係があるの?」
再び出ようとしたけれど私はアラタ君にしっかりと肩を抱き寄せられたままで、
今度は距離をとることはできなかった。
「馬鹿は風邪ひくけど、阿呆はひかないってことだよ。 知ってた? これマジ」
なんて真顔で返されてしまう。
「もう、何言ってるの」
思わずふきだしてしまった私につられるようにアラタ君も笑う。
その横顔に、心臓がドクンと跳ねた。いつもより近いアラタ君の顔に、
今更ながらにドキドキしてきた。
そうなったらさっきまで平気だったのに、
抱き寄せられているこの状況をひどく意識してしまって、顔まで熱くなってきた。
「ま、冗談はさておき。オレが風邪ひいたらティンカーちゃんお見舞いに来てくれるでしょ?」
「あ、当たり前です」
ドクドクと騒ぐ心臓の音がアラタ君にも聞こえそうで、
それを誤魔化すように大きな声で答えた。そんな私の変化に気づかず、
「なら、それでいいよ」
アラタ君は笑った。
「ぜ、全然良くないよ」
「オレがそれでいいって言ってるからいいの」
その言葉に、なぜだか再び顔が熱くなってしまった。
だって、それじゃあまるで私がお見舞いに行くとアラタ君が嬉しいように聞こえるからだ。
そう思ったらまた心臓がドクドクと鼓動を加速させる。
「ティンカーちゃん、顔が赤いけど風邪でも引いた?」
肩を抱き寄せたまま急にアラタ君が顔を覗きこんで口を開くから、
「そ、そうかも。は…早く帰らないと」
と私は足早に歩き出した。その隣でアラタ君は口を開く。
「じゃ、お見舞いのときは林檎持ってきてよ」
「急にどうしたの?」
このタイミングでどうして林檎の話なのかと顔を上げると、
「だって、今のティンカーちゃん、林檎みたいで可愛いから」
なんてアラタ君は笑った。その言葉に私は金魚のように顔を赤らめ口をパクパクとさせてしまった。
「フフッ。ちょっと味見してもいい?」
「だめ。絶対だめッ!」
なんとかそれだけ答えると、私は真っ赤な顔を隠すように歩幅を広げた。
そんな私の横でアラタ君はただ静かに笑っていた。
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コピー本ボツネタ。ま、間に合わなかったので後半をカットしてサイトに掲載。