最近、担任の様子がおかしい。 おかしいというか、いつもと違うといった方が正しいのかもしれない。 どこがおかしいのかと言われるとハッキリしないのだけれど、 すれ違ったときに微かに香っていた香水の変化が、それを表していた。




Θ 君の匂いにただ満たされる Θ




「担任。正直に答えろ」

補習の時間。何か質問があるのかと問いかけた担任を真っ直ぐに見つめ、俺は口を開く。

「翼君からの質問はいつも正直に答えてるでしょ?」

ふふっと担任は笑う。けれど俺が言いたいのはそうではなくて、

「担任。男が出来たのか?」
「……………………えぇ?!」

俺の質問に驚いた顔をする担任に、少しだけホッとした。

「違ったか、まぁいい。だが、好きな男はいるんだな」

指摘した瞬間、担任の顔はカッと赤に染まる。 相変わらず嘘のつけないヤツだと思いながらも、面白くない。

「なんで……わかったの?」

小さな声で担任は尋ねた。

「フン。香水を変えただろ? 今まで担任がつけていたものとは系統が違う。誰かに送られでもしたか?」

その言葉にますます担任の顔は赤くなった。 担任が誰を好きだろうと俺には関係のないことなのに、 俺の知らないところで香水を送られていたり、それを抵抗もなくつけたりと、担任に苛立ちを覚えた。

「……そんなもの、使う必要はない」
「え?」
「担任には似合わん」
「……でも……」

担任は視線を床に落とすと、ポツリと呟く。

「……好きな香りだって……言ってたし」

つまり担任は、その男の好きな香りを身にまとっていたというのか。苛立ちは更に増す。

「どこのどいつだ。担任にそんなことを吹き込んだのは」
「え? あの……永田さん……だけど」

担任の言葉に俺は「shit!」と毒づいた。 てっきりT6の誰かだと思っていたら、伏兵は思わぬところに潜んでいたらしい。

「……翼君は……この香り、……嫌、なの?」

不安げな瞳で担任は俺を見つめる。 香り自体は俺の好きな香りだ。担任が付け始めたのだってすぐに気付いたぐらいに。 けれどそれが他の男から送られたものだと知ると面白くない。

「あぁ、嫌いだ。大嫌いだ」
「……そっか」

俺の言葉に担任は悲しそうに笑った。





「さて。私の話はいいから、補習の質問がないなら今日はここまで」

担任は目も合わさずにそう告げると教室を出ようとした。

「……待て」
「離して」
「待てと言っている」

泣きそうな顔なのに無理して笑う担任をそのまま放って帰ることなどできなかった。

「なぜそんな顔をする」
「…っ、翼君には……関係ない」

キッと睨みつけた担任の目は、俺を拒絶していた。 確かに、好きな相手に送られたものを貶した相手とはさっさと離れたいだろう。 けれど、担任のこんな顔はどうしても見たくなかった。

「よほど永田のことが好きなんだな……」

そんな担任に俺は弱々しく告げた。

「……え?」
「確かに、あの香りは俺自身も好きだが、……永田の送ったものだと知って嫌いになった」
「翼…君?」

俺から逃れようとしていた担任の目が、不安げな色に揺れる。

「あの……ね。確かにあれは永田さんにもらった物なんだけど……その」
「なんだ」
「翼君の好きな香りって聞いて……その、受け取ったの」
「?」

永田からの贈り物を受け取るのに、どうして俺が出てくるのだろう。

「本当は自分で買いたかったんだけど、日本にないって言うし。 買いに行けるとしたら春休みだけど、その頃は翼君卒業しちゃってるでしょ? だから……」

担任の言いたいことはなんとなくわかった。 けれど俺は、もっとハッキリとした言葉が欲しい。

「そんなもの。永田から貰わずとも直接この俺に言えば良かっただろ」
「そう…よね。でも……私が翼君の好きな香りを付けたいって言っても……いいの?」
「いいもなにも、俺がそうしたいんだ。俺の好きな香りを、担任に送りたい」

思わず自分からハッキリ言ってしまった。小さく「Damn!」と呟く俺の前で担任はクスッと微笑むと、

「卒業するまで胸に秘めていようと思ったんだけどね……」

そう言って背伸びして俺の耳元で囁かれた言葉に答えるように、俺は担任を力強く抱きしめた。



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(永田から送ったのはわざとです/笑)