Θ
大切なもの Θ
授業が終わり職員室へ戻ろうと廊下を歩いていると、おれは女子生徒に呼び止められた。
真っ赤な顔でまっすぐにおれを見つめるかと思えば視線は地面へと移動して、
なかなか呼び止めた理由を話してくれない。
「あの…さ、おれ職員室戻るんだけど、用事なら放課後でもいい?」
「あ、あのすぐ済むので……その……」
慌てて口を開いた彼女は、背中に隠した両手をずいっと前に出した。
「あの…、真田先生……これっ」
差し出されたのはピンクの封筒。そしそてご丁寧にハートのシールが張ってある。
教師と生徒の恋愛ってのは漫画やドラマの中だけだと思ってた。
でも、現実に今、目の前で起こっているようだ。だってこれって……あれ……だよな。
思わずチラリと生徒を確認してしまう。小柄だけれどパッチリとした目は可愛くて、
目が合うと思わずドキッとしてしまう。
そんな子が、ほんとにおれのこと?
「えっと……その……これ…………、二階堂先生に渡してくださいっ!」
「…………え?」
受け取りかけた手がピタリと止まる。彼女は今、なんて言った?
「真田先生、二階堂先生と仲いいじゃないですか。だから、渡してもらえたらと思いまして」
おれに押し付けると彼女は踵を返して立ち去った。
……つまりこれは、二階堂先輩へのラブレターなのだ。
「だぁぁぁぁ、んなこったろうと思ったけどさー!」
職員室に着くなり思わず叫んでしまった。
可愛らしいピンクの封筒のその表には、二階堂先生へと丸い文字で書かれていたのだ。
「だったらあんな期待されるようなことすんなよな。ちょっとときめいちゃったじゃんか」
思い出すだけでも恥ずかしい。席に着くとジタバタとその場で足をバタバタさせてしまう。
「なににときめいたんですか?」
ふわりと上から声がして、顔を上げると南先生がおれの隣にいた。
「わっ、な、なんでもない」
サッとラブレターをカバンにしまうと、ニコニコと南先生へと視線を向ける。
「ふふ。変な真田先生」
クスクスと南先生に笑われてちょっと元気になってしまうのは、南先生と会話できたからだろう。
この高校に南先生がやってきてから、ずっとずっと気になっている人だ。
「んで? 南先生は何の用?」
わざわざおれの席までやってきたことからそう尋ねた。
とたんに南先生は真っ赤な顔になってモジモジしはじめた。
「ええっと……その……」
気づけば南先生の両手は背中に隠れていて嫌な予感がした。
そう、それはつい数十分前の出来事。廊下で女子生徒に呼び止められたあれを思い出す。
「あの……こ、これっ」
そう言って力いっぱい差し出した両手には、映画のチケットが握られていた。
そう、か。また……なのか。きっと南先生も二階堂先輩にってことなのだろう。
「うん、わかった。南先生」
おれの言葉に南先生の顔がパッと輝く。
おれ的には辛いけど、二階堂先輩はおれの憧れだから、力の限り南先生を応援しようと思った。
「じゃ。二階堂先輩にはおれから話しておくよ」
「…………え?」
きょとんとした南先生の顔におれまできょとんとしてしまう。
「あれ? 二階堂先輩にじゃないの? だったら……まさか葛城さん?!」
「ち、違います。ええとその……」
そう言って南先生はまたモジモジとしてしまう。
「あ、名前言うの恥ずかしいか。じゃ指差してよ」
にっこりと笑ってそう告げると、南先生はゆっくりと指差した。
クルリと振り返るが誰もいない。体を右にずらすと、指も一緒に移動する。
「え? ……これって……まさか」
おれ? と自分でも指をさすとコクリと南先生が頷いた。
「え、え、えぇーっ?!」
「そ、そんなに嫌なんですか?!」
真っ赤な顔でちょっと泣きそうに南先生は言う。
「い、嫌じゃない、嫌じゃない……」
フルフルと首を振ると南先生は答える。
「だって。真田先生を誘ってるのに二階堂先生とか葛城先生とか言うし……」
「そ、それは夢にも思ってなかったからで」
「遠まわしに断られてるのかと思ったじゃないですか」
「ご、ごめん」
だってまさかって思うじゃん。あの南先生だし。
でも、このチケットはおれが受け取っていいんだって思ったらなんか嬉しくなって
「南先生、これ、ホントにホント?」
何度も確認してしまう。
「そんなに疑うんなら今日駅前の映画館に来てみたらいいんですよ」
あまりにしつこく聞くものだから、しまいには南先生はそう告げた。
その顔に少し赤みがささって、おれは思わずだらしなく笑ってしまう。
鞄の中のラブレターは、きちんと届けてあげようと思う。
けれどこの映画のチケットは、誰にも渡さない。だって、初めておれ宛てに渡されたものなのだから。
» Back
(絵チャで不憫な真田先生しか出てこなかったので/笑)