Θ 世界にたった二人だけ Θ
年に一度織姫と彦星が会える七夕の夜、生憎の雨で天の川は見えない。
窓から空を眺めていた悠里は、苦笑して口を開く。
「せっかくの恋人との再会の日に会えないなんて……可哀想ね」
すると背後からふわりと瞬が抱きしめる。
「そう……だな。でも、おかげでオレは悠里と二人きりだ」
今日は朝から七夕祭りに行く予定だったのだ。
けれど生憎の雨で瞬も悠里も出かける気が失せて部屋で過ごしていたのだ。
「別に二人で七夕祭り行くんだから二人じゃない」
「いや、祭りは他にも大勢の人がいる」
きゅっと瞬は抱きしめた腕に力をこめた。
「ふふ。いつも一緒にいるじゃない」
「それでも、あれだけ混んでれば悠里にぶつかる男もいる」
「そんなの満員電車で毎日よ」
「なにっ?! そんな危険な行為をしているのか」
瞬は驚いたように声を上げた。
「くっ…、オレが車の免許を持ってさえいれば……」
「いいのよ別に。ガソリン代かかるし……」
ふわりと笑って振り返った悠里の唇を瞬は奪う。
「卒業したというのに、まだあなたは教師みたいだ」
「毎日教師やってるから……んっ……」
チュッ、チュッと啄ばむようなキスを与えられて、悠里はそっと目を閉じた。
織姫も彦星も、もとは働き者だった。けれど恋をして、夫婦となって、二人は相手に溺れ働くのをやめた。
天帝は怒り天の川で二人を隔てたが、年に一度だけ会うことを許した。それが今日、七月七日なのだ。
「今日降る雨を 洒涙雨 というんだけれど、瞬君は意味知ってる?」
「……いや、どういう意味だ?」
窓の外を眺めながら、悠里は尋ねた。
「 織姫と彦星が流す涙 よ」
そして再び瞬を振り返り、続ける。
「でも変よね。二人の涙が二人を隔てた天の川の水かさを増して、その結果会えなくなっちゃうなんて」
「信じられなかったんだろう。会えない時間が長くて、今も自分を好きかわからない。会うのが怖くなったんだ」
年に一度の逢瀬。言葉だけ聞けばなんてロマンチックなんだろう。
けれどもし、瞬と遠距離恋愛することになったら、と悠里は考える。
年に一度しか会えないような距離で、どうするだろう。
「(信じられる……はず。でも、瞬君はますます人気者になっちゃったし……)」
学生時代だって瞬は人気だったのだ。だが、デビューしてからいっそう人気が高まったのも事実だった。
年上の自分より、身近な女の子をいつか好きになるかも知れない。
一瞬よぎった影に、必死で頭を振る。そんな悠里を見て瞬はふっと口元を緩めた。
「織姫と彦星の話だ。オレと悠里は関係ない」
キッパリとそう告げる瞬を悠里が見つめると、
「信じられないか? あのときの言葉」
そっと悠里の頬に触れ、
「心の底から貴女を求めていると。それは今も変わらない……」
するりと顎まで下がる。
「オレの世界には悠里が居なくちゃ、意味がない」
そのまま顎を持ち上げ、再びキスを送る。何度も、何度も。心が丸ごと相手に伝わるようにと。
窓の外は雨。今年、織姫と彦星は、お互いを信じられず会えなかった。
けれど、二人は互いだけを信じて、一緒にいる。
「私の世界だって、瞬君が居なきゃ意味ないわ」
そうにっこりと笑うと、今度は悠里から瞬にキスをするのだった。
二人の仲を織姫と彦星がうらやましがるように、シトシトと雨はいつまでも続いた。
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七夕絵チャにお邪魔した記念にテキストを書かせていただきました。