Θ 鮮明なのは赤 Θ
心地の良い静寂は、一人の侵入者によってすぐに壊された。
「キシシ、あいっかわらず間抜けっ面で寝てやがんなァ〜」
「くっ……、仙道」
「あァ〜? な〜んだ。ナナじゃねェか。バイトはどうしたんだよ」
「貴様には関係ないッ」
突然教室に入ってきた仙道は、眠っている先生を見てニタリと笑った。
「はっはァ〜ん。さてはコイツが寝ちまったもんだから帰るに帰れねーんだろォ」
「うるさい。殺すぞ」
このまま教室に先生を置いて帰るくらいなら、初めから先生を起こして帰るだろう。
けれど、今はまだもう少しだけ先生の寝顔を見ていたい気分だったのだ。
「仕方ねェな。ナナちゃんのためにィ〜、オレ様が、コイツ見ててやろうか?」
そんなオレに仙道は予想外の提案をした。
「まぁ、オレ様も普段コイツには世話んなってるし……っつーことで、ナナはサッサと帰りやがれ!」
「ちょっと待て、仙道。ここにオレがいたら何か都合が悪いのか?」
仙道がオレに優しくするなんてありえないと思った。きっと何か裏があるはずだ。
「ひっでぇなァ〜、ナナは。オレ様の親切心が分かんねーのかよ」
「貴様にそんなものあるか!」
「キシシ。そういうナナこそ、早くバイト行かないと大好きなお金が減っちまうぜ?」
「くっ……」
今から走って学校を出れば、ギリギリバイトには間に合う。
ここにいるのが仙道一人なら、相手せずさっさと帰るだろう。だが、
「ん〜? そんなにコイツが心配かァ?」
オレの視線を追って仙道は笑みを浮かべながら先生を見ると、
先生の顔を覗き込んでケタケタと笑った。
「ほんっとよく寝てんのなー。ケケケ。んな無防備な顔見せてっと……」
「んなっ!!」
眠っている先生の頬に、仙道はキスをした。思わず声を漏らしたオレに、先導はニタリと笑う。
「ケケケッ。ナナも女の趣味が悪いよな〜」
「貴様……殺す、今すぐ殺す!」
机の上のシャーペンやボールペンを仙道に向けて投げながら、オレは狭い教室の中で仙道を追う。
「あンだよ〜。コイツが起きたらナナもバイトに行けんだロォ? それともなにか?」
クルリと振り返った仙道は、ニヤリと笑うと口を開いた。
「お前本当にブチャなんかがいいのかァ?」
「なんかなんて言うな!」
「へぇ。趣味が悪いのはお互い様ッつーわけか」
「なんだと?」
オレの問いかけには答えず、仙道は背中に隠した水鉄砲を取り出した。
こいつと水鉄砲はセットで考えていたため、すぐに避けることができた。だが、背後で聞こえた悲鳴に振り返る。
仙道の水鉄砲がモロにかかって先生は目を覚ました。
仙道は初めから悪戯のターゲットは先生のままだったのだ。
「な、なに、何が起こったの!!」
状況が飲み込めない先生はパチクリと瞬きを繰り返して、
それから濡れた自分と離れた場所で笑う仙道に気づいた。
「き、きき、清春君っ。人が寝てるときになんてことを……!」
「ぶぁかめ。補習の時間に寝てるお前が悪いんだろ? 親切なオレ様は起こしてやっただけだぜ」
そう笑って逃げ出した仙道に、
「ま、待ちなさいっ。コラーッ」
腕を振り上げて先生は追いかけようとした。
「先生っ」
「え?」
そんな先生の腕を掴むと、オレはぎゅっと抱きしめた。
「ど、どうしたの? 瞬君?」
「濡れてるから……」
咄嗟に漏れた言葉は、答えにしては少し変だなという自覚があった。
多分きっと仙道が先生にキスをしたから、今のオレは変なんだ。
「仙道なんて……ほっとけ」
そう告げて、オレは濡れた先生の髪にキスをする。
「風邪、ひくぞ」
「わ、わわ、わかってるわよ」
真っ赤な顔でドタバタと教室を飛び出した先生は、きっと知らない。
今のオレの顔も、同じぐらい赤くなっているということに。
「あぁ、そうか。オレは先生のこと……」
どうして仙道の行動にあそこまで怒ったのか理解して、苦笑した。
「完全に遅刻だな」
見上げた時計はバイト開始まであと10分という時間になっていた。それでも
「ま。今日ぐらいはいいか」
そう思えてしまうのは、お金より大切ものを見つけてしまったからだろう。
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