渡されたプリントを終えふと顔を上げると、目の前に座っていた先生は少し俯いていた。

「……先生?」

声をかけるが反応はなく、更に顔を覗き込む。

「……寝てる……のか」

チラリと時計を見上げれば、まだ補習終了までは時間がある。 今日はバイトが入っているから早めに終えてもらおうと思っていたけれど、 よく眠っている先生を見ると、起こすのもしのびない。 再び寝顔を覗き込んでふっと微笑する。今まで迷惑をかけてきたのだ。これぐらいいいだろう。




Θ 鮮明なのは赤 Θ




心地の良い静寂は、一人の侵入者によってすぐに壊された。

「キシシ、あいっかわらず間抜けっ面で寝てやがんなァ〜」
「くっ……、仙道」
「あァ〜? な〜んだ。ナナじゃねェか。バイトはどうしたんだよ」
「貴様には関係ないッ」

突然教室に入ってきた仙道は、眠っている先生を見てニタリと笑った。

「はっはァ〜ん。さてはコイツが寝ちまったもんだから帰るに帰れねーんだろォ」
「うるさい。殺すぞ」

このまま教室に先生を置いて帰るくらいなら、初めから先生を起こして帰るだろう。 けれど、今はまだもう少しだけ先生の寝顔を見ていたい気分だったのだ。

「仕方ねェな。ナナちゃんのためにィ〜、オレ様が、コイツ見ててやろうか?」

そんなオレに仙道は予想外の提案をした。

「まぁ、オレ様も普段コイツには世話んなってるし……っつーことで、ナナはサッサと帰りやがれ!」
「ちょっと待て、仙道。ここにオレがいたら何か都合が悪いのか?」

仙道がオレに優しくするなんてありえないと思った。きっと何か裏があるはずだ。

「ひっでぇなァ〜、ナナは。オレ様の親切心が分かんねーのかよ」
「貴様にそんなものあるか!」
「キシシ。そういうナナこそ、早くバイト行かないと大好きなお金が減っちまうぜ?」
「くっ……」

今から走って学校を出れば、ギリギリバイトには間に合う。 ここにいるのが仙道一人なら、相手せずさっさと帰るだろう。だが、

「ん〜? そんなにコイツが心配かァ?」

オレの視線を追って仙道は笑みを浮かべながら先生を見ると、 先生の顔を覗き込んでケタケタと笑った。

「ほんっとよく寝てんのなー。ケケケ。んな無防備な顔見せてっと……」
「んなっ!!」

眠っている先生の頬に、仙道はキスをした。思わず声を漏らしたオレに、先導はニタリと笑う。

「ケケケッ。ナナも女の趣味が悪いよな〜」
「貴様……殺す、今すぐ殺す!」

机の上のシャーペンやボールペンを仙道に向けて投げながら、オレは狭い教室の中で仙道を追う。

「あンだよ〜。コイツが起きたらナナもバイトに行けんだロォ? それともなにか?」

クルリと振り返った仙道は、ニヤリと笑うと口を開いた。

「お前本当にブチャなんかがいいのかァ?」
「なんかなんて言うな!」
「へぇ。趣味が悪いのはお互い様ッつーわけか」
「なんだと?」

オレの問いかけには答えず、仙道は背中に隠した水鉄砲を取り出した。 こいつと水鉄砲はセットで考えていたため、すぐに避けることができた。だが、背後で聞こえた悲鳴に振り返る。 仙道の水鉄砲がモロにかかって先生は目を覚ました。 仙道は初めから悪戯のターゲットは先生のままだったのだ。



「な、なに、何が起こったの!!」

状況が飲み込めない先生はパチクリと瞬きを繰り返して、 それから濡れた自分と離れた場所で笑う仙道に気づいた。

「き、きき、清春君っ。人が寝てるときになんてことを……!」
「ぶぁかめ。補習の時間に寝てるお前が悪いんだろ? 親切なオレ様は起こしてやっただけだぜ」

そう笑って逃げ出した仙道に、

「ま、待ちなさいっ。コラーッ」

腕を振り上げて先生は追いかけようとした。

「先生っ」
「え?」

そんな先生の腕を掴むと、オレはぎゅっと抱きしめた。

「ど、どうしたの? 瞬君?」
「濡れてるから……」

咄嗟に漏れた言葉は、答えにしては少し変だなという自覚があった。 多分きっと仙道が先生にキスをしたから、今のオレは変なんだ。

「仙道なんて……ほっとけ」

そう告げて、オレは濡れた先生の髪にキスをする。

「風邪、ひくぞ」
「わ、わわ、わかってるわよ」

真っ赤な顔でドタバタと教室を飛び出した先生は、きっと知らない。 今のオレの顔も、同じぐらい赤くなっているということに。


「あぁ、そうか。オレは先生のこと……」


どうして仙道の行動にあそこまで怒ったのか理解して、苦笑した。

「完全に遅刻だな」

見上げた時計はバイト開始まであと10分という時間になっていた。それでも

「ま。今日ぐらいはいいか」

そう思えてしまうのは、お金より大切ものを見つけてしまったからだろう。



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(リクエスト:キヨvs瞬。vs要素が薄くてごめんなさい;)