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降りそそぐ白 Θ
「先生に、……感謝」
そう言って瑞希君が差し出した両手には、ちょこんとオメカシしたトゲーがいた。
下校時間になっても教室でぼんやりとたたずむ瑞希君に声をかけたら突然こう言われたのだ。
「クケー」
トゲーも私に対して何か言っているようだが、私にはサッパリ伝わらない。
「あ。セーンセ、珍しー。ミズキとおしゃべり?」
返答に困っている私に、悟郎君がいつものように気さくな態度で話しかけてきた。
「うーん、それが突然トゲーを差し出してきたの」
困ったようにそう告げると、悟郎君はにぱっと笑って答えた。
「あのね、たぶんきっと母の日だからじゃないかな? ゴロちゃんもさっきハジメにハグしてきたもん」
それが正解であるように、瑞希君はうんうんと頷く。
「ふふ。ミズキが人と関わるのは珍しいんだから、ポペラッと受け取っちゃえばいいんだよ」
ウィンクして告げた悟郎君に、私も納得をした。
初めの頃は私を、というより人間を拒絶していた瑞希君。
今ではこうして自ら話しかけてくれるようにもなったのは、進歩だ。
「えーと……触ってもいいってこと……なのかしら」
恐る恐る両手を差し出すと、ふわりと笑みが返ってきた。
そして私の手にトゲーがゆっくりと移動する。
「ふふ。よろしくね、トゲー」
目線を合わせるように手を顔の高さまで持ち上げると、私はトゲーに話かける。
「クケーッ、クケーッ」
「トゲー……ご機嫌」
嬉しそうに笑う瑞希君に、私も少し嬉しくなった。
ふふっと笑った私にトゲーはいっそう甲高く鳴くと、チュッと唇(があるのかは不明)を寄せてきた。
「きゃっ」
ビックリして思わず悲鳴が漏れたが、トゲーはお構いなしでクケクケッと鳴いていた。
トゲーのキスより驚いたのは、さっきまで笑っていた瑞希君が、すごく怖い顔で私を見ていたということだ。
「み、……瑞希……君?」
「返して」
ひったくるように奪いとられてしまったトゲー。
それはまるで私がトゲーをそそのかしたと思われているようで、複雑だ。
瑞希君とトゲーの仲に割ってはいるほど、私は野暮な人間ではない。
「センセ、ヤバイよ。ミズキ、超怒ってるっぽい」
悟郎君が声を潜めて口を開いた。
「だっ、だってトゲーからしてきたのよ? 私は別に瑞希君のお友達をそそのかして奪ったりなんかしないし」
「……センセ、それ本気で言ってるの?」
私の言葉に悟郎君は目をパチクリさせて答えた。
「うっわ。ミズキ可哀相。ここまでニブニブなんて、反則だよー」
「ちょっと、何の話をしているのよ」
瑞希君の機嫌が悪くなったのは、私がトゲーとキスをしたからで。
つまり友人を奪おうとした私に対して怒っているのではないのだろうか?
「ク、クケー…」
申し訳なさそうなトゲーの鳴き声がした。
振り返ると先ほどまで怒っていた瑞希君がにっこりと笑っていて、思わずホッとした。
「先生。……僕とも」
「…………へ?」
言葉の意味が分からず、行動に移れなかった。
普段のおっとりとした雰囲気とは比べ物にならないぐらいの俊敏さで、瑞希君は私に近づいた。
そして、唇に温かなものが触れた。トゲーのときには感じなかった体温が、唇にゆっくりと触れて、
「ちょっ、ちょっ、え? な、ななな……」
驚いた私の目の前にはやっぱり穏やかに微笑む瑞希君がいて、
雰囲気に流されそうになりながらもこの場にはトゲーや悟郎君がいることを思い出して私は慌てふためく。
「ゴ、ゴロちゃんなんにも見てないよ」
「ク、クケ、クケーッ!」
一人と一匹が両手で顔を覆っていたものの、指の隙間からはバッチリと私を見つめていて
「外野は……無視」
「む、無理無理。無視なんて……無理でしょ!」
けれど、こういうときの瑞希君は何を言っても無駄なようで、
「先生……ありがと。……大好き」
「………っ!!」
瑞希君の考えが、サッパリ分からない。トゲーとはよくキスしているのを見かけるから、
私もトゲーと同じぐらいに好かれているという表現なのだろうか。
それとも、このキスの意味は……。
後日、コッソリと悟郎君に相談したら、「ミズキってばポペラ可哀相」と言われてしまった。
だから、このキスの意味を知るのは、もう少し先の話。
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(そらさんにこっそりと捧げてます。五月はまだこんなに仲良くないですが/笑)