Θ 響く遠吠え Θ





補習の時間になって教室に向かうと瑞希君の姿はなく、 そのまま待てど暮らせど瑞希君はやってこない。 最近は真面目に補習に出てくれていたから、逃げられたとは考えにくい。

「……となると、バカサイユかしら」

そう呟くと私は教室を飛び出した。





バカサイユの扉を開けると、中には誰もいなかった。 けれど、鍵が開いているということはやっぱり瑞希君はここにいるような気がした。 テーブルの下にも、カーテンの裏にも、棚の隙間にもの瑞希君はいない。

「うぅーん、どこかしら……」

キョロキョロと辺りを見渡すと、白いものが視界で動いた。ソファーの陰だ。 ゆっくりと近づいて覗き込むと、ソファーから転がったのだろうか。 ソファーの陰に仰向けで瑞希君がいた。 ソファーの上では心配そうに白いトカゲがチョロチョロと動いている。

「ク、クケー……」

私の姿を捉えるとトゲーは助けを求めるようにないた。

「あはは。大丈夫よ、トゲー。ソファーから転がったぐらいで死にはしないわ」

打ち所が悪かったら別だけれどこんなにも気持ちよく寝ているのだ。 私は瑞希君の隣に腰を下ろすと、その寝顔を眺める。

「……気持ちよく寝ちゃって……。こっちはずっと教室で待ってたのよ」

ツンと頬を突いて告げると、

「……ん……ごめん……」

まるで寝言のように返事がきた。

「ふふ、まるで私の言葉を理解してるみたい」

クスリと笑みを浮かべて私は瑞希君の寝顔を堪能する。 補習の間は向かい合って二人きりだけれど、やっぱりカッコイイからみるのに緊張してしまう。 だから私は、調子に乗って身を乗り出すように寝顔を堪能していた。



「ク、クケーッ、クケーッ!!」

トゲーの鳴き声にビックリして顔を上げると、モゾリと下で瑞希君が動いた。

「……残念」
「あら? 起きたの?」

視線を戻すと瑞希君は首を左右に振った。

「……起きてた」
「起きて…た? ……」

瑞希君の言葉に首を傾げると、彼は私を見てニコリと笑った。

「うん。先生が……来たときから…………起きてた」
「えぇ? じゃ、なんで寝たフリしてたの?」
「先生の反応……見てた」
「み、見てたって……うわ、恥ずかしい」

両手で顔を覆うと、ムクリと起き上がった瑞希君が微笑む。

「ううん。……可愛かった……ただ……」
「ただ?」

何か変な事をしてしまったのかと瑞希君の言葉を待つと、彼はトゲーを睨むようにみて口を開く。

「トゲーが邪魔して……失敗……した」
「失敗? 一体何を?」

きょとんとする私にトゲーが再び鳴いて何かを知らせるが、私はそれよりも瑞希君の言葉が気になっていた。 そんな私に瑞希君はちょっと悪戯っぽく微笑むと、そっと私の頬に手を伸ばした。

「……こういう……こと」

驚いたときには遅かった。 ふわりと柔らかいものが私の頬に触れて、それが瑞希君の唇だと理解するのに時間がかかった。

「な、な、な……」

真っ赤な顔で口をパクパクさせる私を瑞希君は

「先生、油断……しすぎ」

と笑った。
ようやくトゲーが慌てた理由や最初の「残念」を理解した。

「お、お、お、大人をからかうんじゃありませんっ」

ピシャリと言うと瑞希君は小さな声で「からかってないのに……」と告げたけれど私は聞こえないフリをした。

「時間も惜しいし、ここでこのまま補習をしますからね」

告げた瞬間、

「……くー……くー……」

規則正しい寝息が聞こえ始めた。

「ちょっ、……瑞希君っ。起きて、起きなさーい!!」

私がそう叫んだのは言うまでもない。


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(私の書く瑞希はやっぱりあの人の足元にも及びませんorz)