ひやりと冷たい手が額に触れて私は目を開けた。 そこには心配そうに私を見つめる黒い瞳があった。 その優しい目をした少年を私は知っていたのに、口から漏れたのは別の人物。

「清…春……くん」

告げてからハッとした私に、目の前の少年も驚いたように目を丸めた。

「ごめん……清秋君……よね。なんでかしら、清春君のような気がして……」

私の言葉に清秋君は額に乗せた手でそっと頭を撫でた。

「具合はどう? 先生。兄さんってばほんとにひどいよね」

そう笑う清秋君は本当に優しくて、どうして清春君と間違えてしまったのだろう。




Θ 目隠し代わりのキス Θ





今日は放課後に清春君の補習があった。 なのに、五限目の授業終了のチャイムとともに清春君の水鉄砲攻撃を受けてしまったのだ。 放課後になり「さぁ補習」と張り切って職員室を出た瞬間、衣笠先生に呼び止められた。

「おや、南先生。真っ赤な顔でどこへ?」
「……これから……補習なんです」

にこりと笑って返事したつもりが、うまく笑えなかったようだ。 衣笠先生は困ったように笑う。

「ご自分がどのような状況か、わかってらっしゃいますか?」

私の顔を覗きこんで額へと手を伸ばすと続ける。

「真っ赤なんですよ。今、貴女は。言葉通りにね。熱があるんですよ。補習は無理です」

衣笠先生の手をひんやりと心地いいと感じたのはどうやら間違いで、実際は私の体温が高くなっていたのだ。 そう自覚したらなんだか熱まで上がったようでフラリとした。 それでも、放課後の補習はずいぶん前から約束していたので取り消すことは出来ない。

「いえ、補習が終わるまでは帰りません」
「ふふ。今日は頑固ですねぇ。でも……」

ふわりと笑った衣笠先生がパンと手を叩くと、

「おー、こりゃ本当にあけぇな……」

と九影先生がやってきて、そのまま私は保健室へと連れて行かれてしまった。

「今日の補習は僕がかわりにみますから」

ベッドの横で衣笠先生はそう告げる。

「貴女はせめてその間ぐらい寝てて下さいね」
「……すみません」

ベッドの中、そう返事して私は目を閉じた。










ゆっくりと休んだせいか、体の熱っぽさもだるさも消えていた。 今までの疲れが一気に出たのかもしれない。

「ふふ、ありがとう、清秋君。でも、清春君もあれでいい子なのよ?」
「だから先生は兄さんにからかわれてばかりなんだよ」

頭を撫でられ、思わず心地よさに目を細めた。 これが清春君だったら、きっとこんな安らげる時間は訪れなかっただろう。

「あ、先生。熱はもう測った?」
「ううん。でも下がったと思う……」

そう返事した私の前顔を清秋君は左右によけて額をあらわにさせる。

「そう。じゃ、測ってみようか」

ニッコリと笑った清秋君は、そのまま私の額に額を寄せた。 突然のことに驚いたけれど、元々彼も清春君もスキンシップは過激で、 逃げ出すことの出来ない私は、そのまま受け入れるしかなかった。 近づく顔をマジマジと見ても清春君に瓜二つで、性格が同じだったら区別できないのではないかと思った。

「先生? 見られると恥かしいんだけど」
「ご、ごめんなさい」

言われてすぐに瞼を閉じるが熱を測るのにどうして目を閉じる必要があるのだろうか。 そう考えて目を開けようとした瞬間、何か柔らかいものが唇に触れ、慌ててベッドから起き上がる。

「……どうしたの? 先生」
「ど、ど、どうしたのじゃなくて。清秋君、今……」

唇を手で押えて目の前の少年を見つめると、彼はふふっと笑う。

「熱、上がっちゃった?」

あどけなく笑うその顔に、私は恥かしさから頭から布団をかぶってそのまま横になる。

「先生は病人なんだからおとなしく寝ててよ。ホントに兄さんはしょうがない人だよね」

布団越しに聞こえた声に、私は弱々しくも抗議した。

「これは清秋君のせいなのよ?」
「うん、だからしょうがない兄さんだって」

かみ合わない会話に首を傾げながらも、私はなんだかドッと疲れてそのまま瞼を閉じた。 清秋君もなんだかんだ言ってもやっぱり清春君の双子の弟なのだ。油断できない。 きっと寝起きで間違えて名を呼んでしまったのは、本能的に危険を感じたからなのだろう。 そう結論付けると私はゆっくりと眠りの世界へといざなわれるのだった。




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(FBの続きを妄想。清秋がでばるといい!)