Θ 愛すべきイカサマ師 Θ
「……あれ? えーと、君は……」
「清秋です。清春の弟の」
名前を思い出せないでいても彼はにっこりと教えてくれる。
これが清春君なら「いいかげん覚えろよ、この子ブター」なんて言うのだから、
双子でもこうも違うのかと改めて感心する。
「清春君はきてない?」
「兄ならさっきまで一緒にいたんですけど……」
ダムダムと、両手でボールをついて清秋君は返事した。
「気付いたらいませんでした」
「そっか」
きっと私が探し回っているのに気付いてどこかに逃げたんだろう。
そのまま探しに行ってもいいのだが、今日は清秋君の方が気になった。
清春君はバスケがすごい上手いみたいだけれど、やっぱり清秋君も上手いのだろうか。
「どうかしました?」
無言で見つめたままの私に、清秋君は困ったように笑った。
「え、えーと。清秋君も……その、バスケするの?」
「うーん。僕は兄さんみたいに上手じゃないから、見る専門かな」
そう笑った姿はどこか儚げで、そういえば身体があまり強くないんだということを思い出した。
「……ごめん」
なんだかすごく申し訳なくて謝ると、彼は頭を振った。
「やだな、先生。試合には出れなくても、ドリブルとか、シュート練習だけでも楽しいんだよ?」
そう言って、清秋君は今度は片手でちゃんとボールをつく。
そしてボールを両手で掴むと、シュートする。
放たれたボールは弧を描き、だけれどリングに当たってはね返った。
「あぁ。兄さんみたいに上手くいかないや」
そう笑ってボールをキャッチすると、悪戯っぽく微笑んで私を振り返る。
「ね、先生」
「ん?」
「フリースローラインからシュートして入ったら、先生にキスしてもいい?」
「……は?」
それはどういう意味だろう。私と清秋君はクラスも違えば校内でもあまり会うことはなくて、
こうして口を聞くのも数えるほどしかない。
なのにこんなふうに親しげに話してくれるのは、彼の優しい空気と人懐っこさのなせる業だろう。
だからといって、冗談でもキスをするような間柄ではない。
「……だめ?」
「だめもなにも理由がないじゃない」
「先生が気に入ったからっていうのは、理由にならないかな」
「うっ……」
カッコイイ男の子が小首を傾げておねだりするのは反則だ。
私が返答に困ると清秋君はにっこりと笑う。
「じゃあ、ここからならいい?」
そういって歩いた彼が立ち止まったのは、先ほど彼が失敗した地点より更に遠くだった。
これならば、入る確立はグッと下がった。
「そ、それなら……」
彼の中にはゲームをやめるという選択肢はないようで、ようやく頷いた私に嬉しそうに笑った。
あんなに喜ぶんなら、まぁいいかと思っていると、
「キシシッ。ほんっと、馬鹿なヤツ……」
清春君の声が聞こえた気がした。辺りを見ても清春君の姿はなくて、
「(気のせい?)」
首を捻っていると清秋君がニコニコと私を見ていた。
「じゃ、やるよ。先生」
ダムダムと何度かボールをついて手の中に収めると、清秋君はゴール目掛けてボールを放った。
それは先ほどと同じように弧を描いて、ポカンと見つめる私の目の前で綺麗にリングの中に入った。
「へへ。はい、先生。約束」
ニコニコと楽しそうに笑って近づいてくる清秋君。嫌な予感がして私は尋ねる。
「……もしかして君、バスケすっごい上手いんじやないの?」
「んー。兄のレベルにはまだまだですけど……、ここのバスケ部の人たちよりは上手いと思いますよ」
彼は悪びれた様子もなく、シレッと答えた。
「……っ、だ、だ、騙したわね?」
「人聞きが悪いですよ、先生。僕はずっと兄さんを基準に話してたじゃないですか」
そう言った清秋君はさも当たり前のように私の頬にキスをした。
せめて一声ぐらいかけてもらえれば心の準備も出来たのに、突然キスするものだから、
私はただポカンと間抜けそうに口を開けていた。
忘れていたけれど、清秋君は優しそうな少年だけれど清春君の双子の弟なのだ。
油断してはならないと、改めて思うのだった。
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