放課後は補習があるから教室にいるようにといっておいたのに、毎度のことながら清春君は教室にいなかった。

「……まったく、なんでこういつもいつも言うことを聞いてくれないのかしら」

ため息混じりにそう告げて、私は教室を出た。

「今日はバスケ部の練習がないから体育館かしら」

大体の目星を付けると、足早に移動した。




Θ 世界の中心に会いに行きます Θ




案の定、体育館からはダムダムとボールの音が聞こえた。
バスケ部はいないのはわかっているのだから、清春君しかいない。

「見つけたわよ! 清春君」

そう告げて扉を開けると、一人の少年がシュート練習をしていた。
放ったボールは綺麗な弧を描き、ゴールネットに吸い込まれた。

「あれ? 先生?」

私に気づいた少年は、にっこりと笑う。彼は清春君ではない。清春君の双子の弟で清秋君だ。
……ただし、清秋君という人物は存在しない。これはクラスAの委員長、久世さんに確認済みだ。
清春君が私から逃げるために演じているだけなのだ。

「ふふ。清…秋君はバスケの練習? 体の具合はいいの?」
「ヤベッ……。あ、う、うん。最近はとても調子もよくて」
「そう。私、いつも心配してたのよ」

そう告げると清秋君はにっこりとやさしく微笑んで

「ホントに? ありがとう、先生」

と言った。いくら演じているとはいえ、ここまで性格の切り替わる清春君はすごいと思った。だから、

「ふふ。清秋君はお兄さんと違ってとっても素直ね! 先生そういう人、大好きよ」

ちょっと清春君の反応を見てやろうと思ってそう口にした。言われた清春君は少し驚いたようで目を大きくして私を見つめる。
そんな反応が新鮮で思わず笑いそうなのを堪える。


「へぇ……、そうなんだ」


ゆっくりと口元に笑みを浮かべる清春君。すると

「なら、こんなことしても好き? 」

突然抱きついてきた。

「き、清春君……」
「違うよ。先生。僕は清秋」

離れようにもガッシリと抱きしめられて身動きが取れない。

「違わないわ。清秋君は清春君の演じてる姿だもの」

そう口にすると清春君は声のトーンを元に戻した。

「……へぇ? ブチャはオレ様だって知った上で大好きとか言ったのかァ?」
「そ、それは……」
「それはァ?」

これではまるで私が責められているようだ。

「き、清春君の反応をみようと……」

小さな声で告げると、彼は私を抱きしめたまま笑った。

「オレ様の反応…ね。ンで? 期待通りだったかよ」
「よ、予想以上……よ。まさかこんなふうに……その、抱きしめられるなんて思わ…なかった……」

そう言って押し戻そうとすると彼はますますギュッと抱きしめる。

「だーれーが、離すかッつーの。オレ様もオマエの反応みて楽しんでる真っ最中だっての」

笑って答えた清春君に私は思わず口を開いた。

「…わ、私の反応はどうだったのよ」
「あァ?」

思わず告げていた。
私一人狼狽するのも悔しくて、抱きしめられるぐらいなんてことないって伝えたくて、

「だ。だから、……その……」

なんだかすごく恥ずかしいことを尋ねているようで私はますます真っ赤になってしまう。

「キシシ。合格点だなァ。特別にィほっぺにチューしてやっか?」
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!」

思わず漏れた悲鳴に清春君は「さすがはブチャだなぁ……」とケタケタと笑った。

「だーれがンなことするかッてーの!」

変わりにデコピンをすると清春君は手を緩めた。
結局また私はからかわれてしまったのだろう。彼がバスケットボールをリングへ放るように簡単に。

「先生、女の人がそんな色気のない悲鳴上げちゃダメですよ?」

にっこりと彼は告げると立ち去る。
私はその背中を口をパクパクさせながら見つめることしかできなかった。



暫くして補習のことを思い出したときには清春君の姿はどこにもなくて、
結局私は清秋君の正体に気づいても清春君には敵わないことを思い知った。



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悠里の世界はキヨが中心にいれば良いです(振り回されてるだけですが/笑)