Θ 君に眩暈 Θ
「ねぇねぇ、先生って仙道君と付き合ってるって、ホント?」
「違うよ。先生が仙道君のこと好きなんだよ」
「あ、そうだっけ。で、どうなの? 先生」
「もちろん、私たちは先生が相手なら応援するよ?」
放課後。突然職員室にクラスの子が集団でやってきたと思ったら、次から次へと質問を繰り返す。
そのどれもが私と清春君についての噂で、私はただ四方八方からの言葉に
「……は?」
と驚きの声を上げるばかりだ。
「えー。南先生が清春くんを好きだってすっごい噂だよー」
そりゃ初めのころは悪戯がひどくて手を焼いたけれど、嫌いだと思ったことは一度もない。
「そうそう。毎日放課後、一緒にいるしさー」
それは補習があるからで
「クラスでも仲良いし」
仲が良いというか遊ばれているだけのような気がする。
「…で、清春君が、そーゆーわけだからオレ様たちは、そーしそーあい。キシシ≠チて」
どういうわけなんだ、というか清春君の名前が出た時点で嫌な予感がした。
「ちょっと待って。その噂ってどこから出たの?」
最近は悪戯がおさまってきたから油断していたけれど、もしかしたらその噂の出所と言うのは……
「え? そんなのもちろん仙道君本人だよ」
……頭が痛くなった。
私が清春君を好きだと言う噂を振りまいているらしく、私は本人を捕まえるために廊下を歩いていた。
今までそういう対象で見たことはなかったけれど、清春君はあれで美形なのだ。
口が悪いけど意外と心配性で優しかったりする。
悪戯ばかりだけどそれは彼なりのスキンシップで、本気で嫌がることは絶対にしない。
勉強だって最近は得意の記憶力に応用力が加わってずいぶん上昇した。
バスケをしている姿は何度見ても見惚れてしまう。
「……そう、ね。意識してみるとカッコイイのよね」
そんな清春君が、私が自分に惚れているというデマを流したのだ。一体どういうつもりなのだろう。
「い、意識しちゃ駄目よ」
自分の気持ちを相手から勝手に代弁されて、思わずその気になってしまう。
中学生かと自分自身につっこみをいれて、私は再び廊下を歩き出す。
「キシシ。子ブタはっけーん!」
「キャッ」
背後からタックルされて、思わず私は前につんのめった。そんな様子を清春くんはキシシと笑っていた。
「やっとみつけたわ、清春君」
「おぅ。オレ様だぜェ? なんだブチャ」
「こらっ。ブチャじゃないの。もう、なんなのあの噂は」
「噂ァ〜?」
清春君は何のことだと首を捻っている。
「そ、その……私が清春君を……す、…好きだっていう噂よ」
「ススキィ〜?」
「違うわよ。もう、わざと言ってるでしょ」
「おぅ。あったり前よ」
そう笑う清春君に再び頭痛を覚えながら私は口を開いた。
「何でそんな噂を流したの」
「だってよォー。おっもしれェじゃンか!」
面白い面白くないで人の気持ちを振り回さないで欲しい。
「そ、れ、にィ。そういう噂が流れれば、ブチャだってちーッとはオレ様ンこと意識すんだろ?」
「え?」
「だから、オレ様もお前を好きだからそーしそーあいッてやつになんだろ」
「え? えぇ?!」
驚いて真っ赤になる私に、
「一回で理解しやがれッてんだ。うらッ!」
「痛っ」
清春君のチョップが飛んできた。
「ンでェ? お前の返事はどーなんだコラ」
「ちょっと、もしかしなくても私今、告白されてるの?」
色気も何もない告白に、寧ろポカンとしてしまう。
「なンだよ。気ィついてなかったンかよー」
「だ、だって、ここ学校の廊下だし。色気も何もないし……」
言ってからしまったと思った。
清春君に色気を求めたら、大変なことになるのではないか。
恐る恐る彼を見上げると、愉快そうに持ち上がる唇が見えた。
「そんなん、さっさと言えよ」
「ちょっ、な、なんてシャツのボタン外してるのっ。ちょっ、ろ、廊下でなにして……」
プチプチとシャツのボタンを外して詰め寄ってくる清春君に、私は思わず後退りした。
「うっせェな。その口塞ぐぞッ」
「……んんっ……!!」
問答無用で唇が塞がれて、熱っぽい清春君の顔が目の前にあった。
「好きだぜ。……悠里」
一度離れた唇がそう言葉を紡ぐと、私の返事は清春君の口の中に消えた。
» Back