「ゴロちゃんね、魔法が使えるんだよ」
その言葉がはじまりだった。
Θ
禁忌に眩暈 Θ
補習の約束があったのに教室にいない悟郎君を探してバカサイユへといくと、
私との約束なんてすっかり忘れた悟郎君は一君とおしゃべりしていた。
「どうしたんだ? 先生」
ニッと人懐っこい笑みを浮かべて尋ねてくれたのは一君。
私はその隣の悟郎君をチラリと見ると
「誰かさんが補習をサボってくれたからね」
とため息混じりに告げた。
「はは。駄目だろ悟郎」
「むぅー。ゴロちゃんサボったわけじゃないもん」
ぷぅと頬を膨らませて悟郎君は口を開いた。
「だってね、センセ。ゴロちゃんね、魔法が使えるんだよ。だから後で時間を巻き戻して行くつもりだったの」
その言葉に私も一君も口をポカンと開けて悟郎君を見つめた。
「センセに今から見せてあげる」
自分の言葉を信じきっている悟郎君はニコニコと上機嫌に口を開いた。
「ゴロちゃん今から透明人間になりま〜す」
そう前置きをして、「ポペラララ〜」と人差し指を突き立てて顔の前でクルリと円を描いた。
「ど? センセ。ゴロちゃんポペラッと消えたでしょ? どこにいるかわからないでしょ?」
そう言っても目の前にはバッチリと先ほどと変わらない悟郎君がいる。
どう答えたらいいのかと困ったように隣の一君を見ると、
「おぉ、すっげぇな悟郎。どこいったんだ?」
と一君はキョロキョロと辺りを見渡す。
ここはひとまず悟郎君の設定を尊重して、機嫌を良くして補習に出てもらうのも手だ。
私も一君をまねて、口を開く。
「本当だわ。一君大変、悟郎君が消えちゃったわ」
私の言葉に悟郎君は嬉しそうに笑うと、手始めに一君の髪の毛を弄り始めた。
「くっ……悟郎のヤツ……」
今にも悟郎君の手を振り払いそうな一君を私は必死に見つめた。
「耐えるのよ、一君。今度私の実家で飼ってた猫の写真見せてあげるから」
「あぁ……猫にゃん……」
悟郎君はそんなやり取りなんてまったく気付かないで鼻歌まじりで一君の髪をヘアピンでアレンジした。
女の私ですらあんな手の込んだアレンジはしないというのに……悟郎君、恐るべし。
ついでとばかりに眉毛カットまで始めてしまった悟郎君に流石の一君も嫌そうな顔をしたが、
「お隣さんのインコちゃんも追加してあげるから」
「ピースケ……」
勝手にインコの名前までつけてグッと耐えていた。
一君の髪に満足した悟郎君は、今度はジーッと私の顔を見つめる。
思わず避けそうになった私に、先ほどの私同様一君が耳打ちした。
「耐えろ、先生。あとでワンコロの待ち受け画像送ってやるから」
「……それ、嬉しいの一君だけだから」
悟郎君に補習を受けてもらうために魔法がかかったフリをしているのだが、
やっぱりここはきっぱりと悟郎君は魔法など使えないと言ったほうがいいのだろうか。
そんなことを考えている間に悟郎君の顔がぐいと近づいて身構えてしまう。
息がかかるくらい近づいた悟郎君に硬直しているとチュッと鼻先にキスが送られ、私は思わず小さな悲鳴を上げた。
「大丈夫か?! 先生!!」
一君はそう言ってグィと悟郎君を引き離してくれた。
「ありゃ、魔法が解けちゃったのかにゃ?」
と悟郎君は笑うけれど、私は心臓がまだバクバクしていてつっこめなかった。
真っ赤なままの私と、あの角度からでは唇にキスされたと思ったのだろう。
彼にしては珍しく厳しい表情で悟郎君に話しかけた。
「悟郎、おまえ先生にキスするために魔法使ったのか?」
「んーん。ゴロちゃんそんな卑怯なことしないよ。今のは鼻先だもん。ね、センセ」
にっこりと笑った悟郎君に、私は真っ赤な顔で頷いた。
キスはされたけど唇ではなかったのだから悟郎君なりの親愛の表現だったと受け止めて流すしかない。
そう思った矢先に、悟郎君は口を開いた。
「それに、どーせセンセにキスするなら、ゴロちゃん正々堂々と姿が見えてるときにするもん」
「へ?」
「唇に」
「あ!」
驚いたままの私へと再び悟郎君が近づき、今度は唇にチュッとキスをされた。
「にゃはは〜。じゃ、ゴロちゃんもう帰るからね。バイビー、ハジメ〜、センセ〜」
「……チッ。悟郎の奴……大丈夫か? 先生」
笑顔でバカサイユを出て行く悟郎君を一君は見送って、それから私をチラリとみた。
「……ま、ワンコロに噛まれたとでも思って諦めろよ」
励ましたつもりだろうけれど、犬に唇なんて噛まれたら痛すぎていつまでも頭から消えない。
それに……私の場合、痛いというよりも苦しいという表現の方がしっくり来るような気がした。
「……三丁目のミケみたいな顔してんな、先生」
ポツリと呟かれた一君の言葉に私は顔を向けると「どんな顔?」と尋ねる。
「最近、恋したみたいで頬染めてんの」
「わ、私のこれは恋して染まってるんじゃなくて恥ずかしかったからよ」
「はは。そういうことにしといてやるよ」
そう笑って一君もバカサイユを出て行った。
けれど彼の残した言葉は、いつまでもいつまでも私の頭をグルグルと回っていた。
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(もっと魔法をいろいろ使わせたいです)