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後ろの影にご用心 Θ
今日は朝から葛城先生が私の周りをウロチョロとしていた。
両手を差し出してニコニコと笑いながら同じ台詞を口にする。
「子猫チャーン。お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞー」
「残念でした。ゲンコツ飴がまだ残ってます」
両手にチョコンと飴玉を乗せてあげると、
「銀ちゃんつまんなーい。シクシーク」
と飴玉を口に入れて退散した。
このやり取りを朝から繰り返していた私はグッタリしていた。
いくらハロウィーンといえど、同じ人に何度も何度もいうのは反則だ。
おかげで引き出しの中の飴玉は、残りあとわずか。
この飴は、昨日の放課後に衣笠先生がくれたものなのだ。
「一応二袋買ってきましたが、一つずつ与えてくださいね」
始めはB6の生徒たちに対しての言葉なんだと思っていた。
けれど、彼らはいつも通りバカサイユでリッチなお菓子を食べていて私の元へはやってこない。
かわりにしつこいぐらいに足を運んできたのは、葛城先生だった。
「子猫チャーン。お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞー」
「わっ、またですか?」
ぼんやりしているとすぐに葛城先生はやってくる。
私は今日何度も繰り返したように、引き出しを開けると飴玉を一つ取り出した。
「そりゃないぜ、子猫チャン」
けれど葛城先生は視界に入った飴玉すべてを掴むと、次から次へと口に放った。
バリボリと急いで噛み砕くと、にやりと笑って口を開く。
「子猫チャーン。お菓子をくれないと……」
そういいかけた葛城先生の顔の前に、ずいっとケーキの箱が差し出された。
「ん? なんですか? これ……」
そう言って葛城先生はケーキの箱と差し出した人物を交互に見比べる。
「見て分かりませんか? 君の欲しがるお菓子です」
にっこりと答えたのは衣笠先生。
「そりゃオレだってそれぐらい分かりますけど……はっ、まさかオレが子猫チャンばっかり構うから嫉妬して……」
「馬鹿も休み休み言ってくださいね」
顔は笑顔のままなのに、言っていることはトゲトゲして。
「それ差し上げますから、彼女のことは諦めて下さいね」
「なっ……」
口をパクパクさせている葛城先生をそのままに、衣笠先生は私の手を引いてその場から救い出してくれた。
「あ、ありがとうございます」
職員室からだいぶ離れた廊下で私は告げた。
「いえいえ。気になさらないで下さい」
「それにしても、昨日衣笠先生にお菓子を頂いて助かりました」
私は衣笠先生がいない間、葛城先生に捕まっていたことを話した。
「さっきは危なかったですね」
「でも、衣笠先生が助けてくれましたもん」
にっこりと笑うと衣笠先生はふふっと笑った。
「では改めて、僕からもいいですか?」
「へ? なにがですか?」
衣笠先生の笑顔に、何故か背中に寒気を感じた。
「お菓子をくれないと…、ってやつですよ。今日はハロウィーンですし」
「あ、あの……でも……」
職員室から連れ出された私の手には、お菓子なんてものはない。
職員室に戻ったとしても、葛城先生に全て食べられてしまったのだ。
「南先生が今、なにも持っていないのは承知してます。だから……」
ニコニコと笑みを浮かべながら、衣笠先生は私に近づく。
「悪戯の方を……ね」
すべては衣笠先生の思惑通りだったと気付いたときには遅すぎたのだ。
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(衣笠先生は確信犯です)